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ライフ #ジモトのアタリマエ──観光客の知らない知恵と常識

かつての"日本のハワイ"なのに、霜は降りるし最南端のスキー場もある…「南国ですよね」に首をかしげる宮崎県の真実

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宮崎県日南海岸の鬼の洗濯板
「鬼の洗濯板」と呼ばれる奇石群で知られる日向灘(写真:k_river/PIXTA)
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そもそも、どうして宮崎には「南国」というイメージが強いのか。実は、「宮崎=南国」というイメージは自然に生まれたものではなく、観光開発やメディアによって戦略的に育てられた側面が大きい。

「南国 宮崎」が広まったのは、昭和の新婚旅行ブーム

宮崎県は年間を通じて温暖な気候であるうえに、県の東側は日向灘(太平洋)に面しており、もともと「南国」としての高いポテンシャルを持っていることは確かだ。しかし、実際にそのイメージが全国に定着した背景には、昭和30年後半から50年はじめに巻き起こった“新婚旅行ブーム”の存在がある。

当時、「飛行機に乗って新婚旅行へ行くこと」は若い人たちにとって憧れであり、ステイタスでもあった。そして、その行き先として絶大な人気を集めたのが宮崎だったのだ。ピーク時の1973(昭和48)年に日南海岸・宮崎市を訪れた観光客は、実に613万人を超えている※。

※第91回宮崎県統計年鑑.昭和49年を参照

「鬼の洗濯板」と呼ばれる奇石群に囲まれ、亜熱帯性植物が多く茂る青島。島内には青島神社が鎮座する(写真:筆者撮影)

背景にあったのは、「宮崎観光の父」と称される岩切章太郎氏や、現在の宮崎交通などによる観光開発だ。戦前には、「サボテンハーブ園」(日南市)や、広大な遊園地である「こどものくに」(宮崎市)を開園し、今でも観光名所として知られる堀切峠や都井岬も開発された。

さらに、日南海岸沿いの国道や青島周辺には、南国風の木々や年間を通して咲き誇る花々が植えられ、着々と「南国宮崎」のイメージを盛り立てていった。

堀切峠は今、まさに南国宮崎を象徴する観光スポットのひとつとなっている。ヤシ科の植物フェニックスを植栽するなどして、南国感あふれる景観を岩切氏がプロデュースしたという。宮崎市中心部から南下し、山道を走った先に目に飛び込んでくる青くて広大な海と空は鮮烈で、何度通っても感嘆の声が漏れる。

堀切峠(宮崎市)。カーブを曲がると日向灘が一面に広がる(写真:頼朝/PIXTA)
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