高速鉄道の開業前、あたり一帯は農地が広がっていた。そんな何もなかった場所に駅が作られ、街が形成されようとしている。東海道新幹線の新横浜駅を彷彿とさせる。
というより、新竹駅のお手本が新横浜駅だった。2025年10月に都内で開催された国際高速鉄道協会(IHRA)のセミナーにおいて高鉄の楊正君董事(日本の取締役に相当)が新竹駅の成り立ちについて、「われわれも新横浜のようなことをやりたいと考えた」と話していた。楊氏は台湾交通部(日本の国土交通省に相当)の鉄道局長も務めている。
TSMC誕生の地、新竹
新竹はガラスの主原料となる高品質な珪砂と、窯で使用する天然ガスが豊富に埋蔵されていたため、戦前から戦後にかけては台湾におけるガラス産業の中心地として栄えていた。しかし、1970年代のオイルショックを契機に、ガラスのような労働集約型産業からハイテク産業への転換が図られ、台湾初のサイエンスパークが新竹の郊外に設置されることになった。TSMCはこの地で誕生した。
日本の在来線に相当する台湾鉄路管理局(台鉄)の新竹駅は市の中心にある。しかし、高速鉄道の駅は、用地買収コストを考慮して中心部からおよそ10km離れた竹北市に駅が作られた。高鉄と台鉄、2つの新竹駅は台鉄線で結ばれ、交通アクセスは容易だ。
しかし、アクセスの良さだけでは街は発展しない。運輸政策に詳しい蘇昭旭・交通科学技術博物館館長は「高速鉄道の駅ができるだけでは街は活性化しない。そこに住む、あるいは働く人々の高い所得と消費力という経済的な土台との組み合わせで初めて、高い経済効果が生まれる」と話す。
