敷地内には湖があり、緑も豊かだ。ジョギングをしている人を何人か見かけた。パーク内にはそこで働く人たちの宿舎や出張者のためのビジネスホテルがあり、従業員のための保育園や小中学校、病院もある。要するに1つの街として整備されているのだ。台湾にはこうしたサイエンスパークが各地に設置されている。
台湾初のサイエンスパークは1980年の新竹(新竹市)を嚆矢とし、さらに1997年に南部、2003年に中部(台中市)に設置された。この3つが台湾の3大サイエンスパークとされ、いずれも、アメリカのシリコンバレーをモデルに政府が主導して建設した。
高速鉄道で生まれた新しい街
一方で、高速鉄道の建設構想が浮上したのは1980年代の後半である。つまり、サイエンスパークと高速鉄道の構想時期は重なっている。高速鉄道のルート策定において両者をつなげる発想があったと考えるのが自然だ。
実際、3つのサイエンスパークはいずれも高鉄の駅からあるいはタクシーで20~30分の距離である。在来線(台鉄)やバスを乗り継いでも通常なら1時間以内に行くことができる。さらに高速鉄道は首都・台北、そして国際空港がある桃園もルート上にある。これらが有機的に結ばれることでハイテク産業の成長が加速したというのは、言いすぎではないだろう。
点と点を結ぶことだけが高速鉄道の役割ではない。高速鉄道の開業によって、駅を中心とした新しい街も生まれた。これは「公共交通指向型開発(TOD)」と呼ばれる、日本で発達したビジネスモデルだが、それが台湾でも大規模に行われている。
台北から南に60kmほど離れた場所にある高鉄の新竹駅(新竹県竹北市)。列車からホームに降り立つと、駅前で大規模な造成工事が行われているのが見えた。駅および線路、周辺の開発用地を合わせた面積は14.76ヘクタール。その面積は東京の高輪ゲートウェイシティをしのぐ。
