根拠のない主張は、それがどんなに革新的なものであっても、社会では受け入れられない。コペルニクスが地動説を主張したのは、太陽を宇宙の中心に置くと、天動説ではとても複雑だった惑星の運動が、単純な円運動できれいに表現されたからだった。
はじめて主張した人物はコペルニクスなのに、ガリレオ・ガリレイが地動説のパイオニアとして評価されるのもこんな理由からだ。
ガリレイの科学的貢献
16~17世紀にイタリアで活動した彼は、経験的な観測資料と数学的な根拠をもとに地動説を主張した。
自然科学の原理に数学を適用することに力を注いだが、彼が残した「宇宙という本は数学の言葉で書かれている」という言葉からもそんな考え方がうかがえる。
その著書『プトレマイオスおよびコペルニクスの世界二大体系についての対話』が教皇庁によって禁書に指定され、裁判で主張の撤回を強要されたのも、彼が示した根拠がコペルニクスよりも数学的だったのが理由だった。
それにしても、数学で説明したかどうかが、なんでそんなに重要なんだろう?
これまでの人類が発見した学問体系のなかで、数学がいちばん真理に近いとされているからだ。
「数」と「演算記号」の表記は社会・文化によって異なるのが当然だけれど、それが持つ意味はどの社会でも同じなのだ。数学は単なる社会的な約束ではない。

