たとえば、ある社会では「1+2=4」とすると、約束しているとしよう。この約束をもとに建物を建てると、すぐに崩れてしまうはずだ。数学は単なる約束じゃないし、虚構のものでもない。
こうして「近代科学の父」と呼ばれるようになった
数学の表現は社会・文化によって異なるかもしれないけれど、「1に2を足すと3になる」という本質的な意味は、時代と地域に関係なく同じなのだ。
数学がこのようにいつも有意味な真理を表すことが可能な理由は何だろうか?
これについてウィトゲンシュタインは、数学が同語反復だからだと説明した。同語反復とは「ある事柄を定義するとき、定義する言葉が定義される言葉でくり返される特殊な文章」のことをいう。
たとえば「太陽王はルイ14世だ」「白墨は白いチョークだ」のような文章は、述語の情報と主語の情報が一致していて、真実であることが明確だ。
この命題を簡単に記号で表すと「A=A」になる。「AはAだ」という構造は、論理的にいつも真実になる。
ウィトゲンシュタインによると、「3+5=8」のような数学の命題では、表現の仕方がちがうだけで「3+5」も「8」も意味は同じ。証明しなくてもつねに真実として受け入れられる。したがって、自然を観察してわかった現象を数学で表すことができるなら、その現象は真実として受け入れられることが可能なのだ。
科学と科学者が、現代社会で真理の守護者として尊敬される理由もここにある。
科学では、数学と観察を用いて、合理論と経験論両方を根拠として活用する。このような二重検証のおかげで、近代の科学的方法が打ち立てられ、高く評価されることになった。ガリレイが近代科学の父と呼ばれるのは、科学的観察と数学的根拠の両方を提示する方法論をはじめて活用したからだ。

