つくば市は、研究学園駅周辺を「副都心」と位置づけ、市庁舎もこの地区に建てられた。つくばの中心は、計画当初の駅前から、郊外へと少しずつ移っている。
つくばは「勝者」と見られがちだが、その駅前商業は盤石ではない。 人を集めているのは、駅前ではなく郊外のモールだった。
土浦駅前は「観光」と「日常」が混ざる場所だった
土浦駅前は、つくば駅前とは別の意味で、人がいなかった。
駅前広場にはタクシーが並ぶが、その数に見合う人がいない。人がいるのは、駅ビル「プレイアトレ土浦」の中がメインだ。土浦はいま、「サイクリングの街」として打ち出している。
駅ビルの中には自転車を組み立てるスペースがあり、サイクリング客への配慮が随所にある。取材で訪れた5月上旬、休日の午前中のフードコートは、観光客らしき人で6〜7割が埋まっていた。
興味深いのは、時間帯で客層が入れ替わることだ。15時を過ぎると、PCを広げて作業する地元の人らしき姿が増えてくる。観光客の昼食の場であり、地元民の作業場でもある。一つの駅ビルが、二つの顔を持っているようだ。
駅直結の商業施設「URALA」も、似た変化を見せていた。かつてここにはイトーヨーカドーが入っていたが、撤退後の区画には土浦市役所が入居している。商業施設としての役割は終わったが、市民ラウンジは休日でも満席だった。買い物の場ではなく、市民が滞在する場として機能している。商業の器が、公共の居場所に変わっていた。
