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ライフ #都市の下剋上

「駅前が閑散、人通りほぼなし」「市内には廃墟モールも…」 茨城県土浦市がつくば市に追い越された「下剋上」の残酷背景

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土浦はかつて、つくばを「支える対象」と見ていたが…(写真:筆者撮影)
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ただし、両市の歴史をたどると、この「下剋上」は単純な勝敗では説明できない。土浦はもともと、つくばを「競争相手」ではなく「支える対象」と見ていたからだ。

土浦が向き合っていたのは、従来の地方都市とは構造の異なる、全国でも特殊な都市だった。本稿では、なぜ商業都市だった土浦市がつくば市に追い越されたと言われるのか、歴史から追う。

駅を降りると目の前には商業施設「URALA」が見える。かつてイトーヨーカドーが入っていたが、現在は市役所が入居している(写真:筆者撮影)
駅前は人がまばらで、タクシーのほうが多かった。閑散としている(写真:筆者撮影)

江戸時代から続く「県南の中心都市」だった土浦

土浦は、交通の要衝として発展してきた街である。

慶長9年(1604年)に水戸街道が整備されると、土浦は江戸と水戸を結ぶ宿場町として栄えた。霞ヶ浦の水運を活かした港町でもあり、物資は船で江戸へ運ばれ、京都や桐生、八王子から商人が集まった。

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