なぜ、文具メーカーが色彩を商標登録したのか。その理由は、市場の成熟とコモディティ化を前に、「消費者の認知こそが最後の砦」だと気づいたからだ。
多くの人が見慣れている、あのトリコロールカラー。その裏側では、ブランドを取り巻く要素が、時代ごとに作り直されてきた。いったい何を守り、何を変えることで、「MONO」はブランドとしての地位を確立したのだろうか。
「おまけ」から商品化された、「MONO消しゴム」
トンボ鉛筆から「MONO」という名前の商品が初めて発売されたのは、創立から50年経った1963年(昭和38年)のことだ。それは設計・施工の現場で使われるプロ向けの高級鉛筆で、14年もの時間を費やし、開発したものだった。
商品のキャッチフレーズは、「1ミリ立方に80億個の粒子を持つ」鉛筆。密度が高いため、滑らかな書き味ながらも折れにくく、消しゴムできれいに消える、という特性を備えていた。
1967年(昭和42年)には、さらに高性能の「MONO100」を発売。一般的な鉛筆が1本10円で売られていた時代に、1本100円という驚きの価格で販売された。この高級鉛筆を購入したのは、設計事務所のプロたちだ。ところが、想定外なことに、数は少ないながらも子どもたちが買っていく姿も見られた。
「当時の子どもたちにとって、『MONO100』は憧れの鉛筆として輝いて見えたようです。1本、2本と買って、友達に自慢したという話が残っています」(同社 広報談)
さて、冒頭で登場した「MONO消しゴム」だが、もともとは「MONO100」1ダースにつき1個、おまけとして添えられていたものだった。鉛筆の「消しやすさ」を体感してもらうために付けたものだったが、「ぜひ製品化してほしい」とユーザーの声が多数寄せられた。
というのも、当時主流とされていた消しゴムは天然ゴム製で、基材をプラスチックに転換した新素材の消しゴムは、「(天然ゴム製よりも)よく消える」と性能が評価されたのである。
