本人は意識もあり普通に会話ができる状態にまで回復している。ならば飲み込んだのは「上の入れ歯」だけで、「下の入れ歯」は口から出て自分の家のどこかに落ちているのではないか。あるいはもともと飲み込んでない可能性もある。レントゲンで調べてもどこにも写っていないし、精神疾患の症状に多い妄想によって「飲んでしまった」と思い込んだのだろう。そう見立てた医師は、カルテに「妄想」と記載し、口の中を覗くこともなく診察を終えて患者を帰宅させました。
入れ歯は行方不明のまま、嘔吐が止まらなくなる
帰宅後、女性は自宅で普段どおりに過ごしたそうです。行方不明の下の入れ歯が部屋のどこかに落ちていないか、夫婦で探したそうですが、みつかりませんでした。ところが、翌日から女性の不調がはじまります。嘔吐が止まらず、固形物はなにを食べても吐いてしまう。液体のジュースや牛乳をストローで飲むのが精一杯。翌々日も同じ症状が続いたため、近所のかかりつけ医を受診しますが、「風邪が流行っているから、感染性胃腸炎でしょう」と診断されて点滴と風邪薬を処方されて帰されます。
このとき、「2日前に入れ歯を誤飲して病院へ行った」との経緯を伝えていれば、もしかすると女性の命は助かっていたかもしれません。でも夫も本人も「入れ歯はない」と言われているので伝えませんでした。
さらにその翌日、嘔吐症状が続いた女性は再びかかりつけ医を訪れたところ、今度は「原因不明だから入院を」と大病院への紹介状を渡されます。ところが、かかりつけ医からの帰路で女性は倒れ込み、偶然とおりかかった警察官が救急車を呼ぶも、その時点ですでに心肺停止状態に。
その状態で病院に運び込まれた女性の人工呼吸を試みようとした研修医が、喉頭鏡(口の中を開ける器具)で喉の奥をのぞいたところ、そこにU字型の「下の入れ歯」がすっぽりはまっているのを発見します。研修医はマギール鉗子(手術器具)ですぐに入れ歯をつまみ出しましたが、女性はその翌日に死亡。「入れ歯とパイナップルを飲み込んでしまった」と病院に最初にかけ込んでから5日目のことでした。
