10年ほど前、両親の新婚旅行の写真を初めて見せられた。行き先は熱海。まだ20代の2人が写っている。
「なんか泣けてきちゃうんですよね。意味もなくグッときて、いい時代に見えてしまって」(瀧本監督)
だが頭ではわかっている、と監督は続けた。
「治安も悪かったし、昔は良かったなんて、大体ウソばっかりなんです。でも、なんかよく見えてしまう。エネルギーがあった時代に見えてしまう。そういうふうに描きたいなと、意識してたと思います」(瀧本監督)
これは「細木数子のドラマ」ではない
この言葉を聞いて、細木氏の華やかな前半生を生き生きと描いた6話までの意味が腑に落ちた。あれは単なる美化ではない。人が過去をそう記憶してしまうこと自体が、作品に組み込まれている。
細木氏自身が語る過去の記憶であり、それは必然的に美化される。だからこそ、後半の暴露が重く効く。そして、その華やかさから醜悪さへの転落は、高度経済成長からバブル崩壊へと至る日本の戦後史とぴったり重なる。
これは「細木数子のドラマ」ではない。日本の戦後そのものの肖像画なのだ。そして6話までは美化されたウソで、7話以降が醜い実態だとも思わない。何が細木氏の真実かはあまり意味がないのだ。
(後編に続く)
