チームの2冠に走者として大きく貢献した兼子さん。しかし、彼女が進むべき進路は定まっていたので、1年以上前から再受験を見据えての受験勉強もするようになっていました。
「勉強時間よりは部活の練習時間のほうが長かったです。1カ月半の合宿などもあったので、4年生になってから受ける共通テストの日を逆算して、少しずつ受験勉強を始めました。模試では常にA判定だったのですが、高校時代には『情報』という科目がなかったですし、そこにうまく対応できるか不安でした」
超ハードスケジュールで受験に臨む
共通テストの2週間前に富士山女子駅伝に出場するというハードスケジュール。心身ともに疲弊した状態で受験に突入し、直前にはインフルエンザにも罹患します。
「気持ちの切り替えが一番大変でした。コンディション作りも本当に苦しかったですね。でも、今まで積み上げてきたものへの自信はありました」
それでも共通テストでは6教科8科目で75%を獲得。志望する浜松医科大学の医学部看護学科のボーダーが67〜68%くらいだったこともあり、2次試験の英語の面接にアドバンテージを持って受験し、見事合格を果たしました。
「自信があったので、落ち着いて合格発表を見ていたんですが、家族のほうが先に大喜びしてくれました。こんなに喜んでもらえるんだと思って、自分は恵まれているなと改めて感じました」
こうして激動の受験生活を終えた兼子さん。再受験してよかったことを聞くと、兼子さんは「人として一回りも二回りも成長できたこと」、頑張れた理由を聞くと、「仲間との誓いと、家族の支えのおかげ」と答えてくれました。
