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「受験2週前に全日本出場」女子駅伝2冠の大学トップランナーが国立大を再受験 驚異的スケジュールこなし未来の看護師に

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大学女子駅伝2冠を達成し、卒業後に浜松医科大に入学した兼子心晴さん(写真:兼子さん提供)
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兼子心晴さんは04年1月、静岡県浜松市で双子姉妹の姉として生まれました。父は会社員で母は看護師。幼い頃から「母の姿を見ていた」と語るように、看護師という夢は幼少期からずっと心の中にありました。性格は負けず嫌いで、何事も諦めない姿勢が持ち味。双子の妹と陸上も勉強も切磋琢磨しながら育ちました。

双子の妹と(写真:兼子さん提供)

高校時代、勉強と陸上どちらも驚異的に伸びた

(写真:兼子さん提供)

小学校時代はピアノと硬式テニスを習い、体を動かすことが大好きな子どもだった兼子さん。元々運動が特別得意だったわけではないものの、中学で陸上部に入り、県大会出場を最高成績として記録を伸ばしていきます。

一方の勉強は、そこまで時間を割けなかったものの、いい時は学年200人中30〜40番程度の順位だったそうです。

その結果、部活面や学業面を総合的に判断する学校裁量枠で、人気の進学校である浜松市立高校に入学することができました。

しかし、高校に入った彼女を待ち受けていたのは、想像以上に優秀な同級生たちの存在でした。

「私が入った陸上部は、土日やテスト前にも大会があって忙しかったのですが、周囲に成績優秀者の子がいました。私は最初のテストで学年400人中380番くらいだったんです。やばいと気づいて、それから周囲の子たちに負けてられないと思って、勉強に打ち込むようになりました。1年生の後半から学年1桁になって、そこからはずっと1桁、学年トップくらいの順位をキープできました」

勉強面で目に見えて成長した兼子さんは、陸上面でも飛躍を遂げます。1年生のインターハイ予選では県大会にも出られませんでしたが、3年生時には全国高校総体に出場。1500mで3位になります。さらに浜松市立高校として初めて都大路(全国高校駅伝)の出場も果たしました。

インターハイのとき(写真:兼子さん提供)

勉強、陸上と日々成長を重ねる兼子さんでしたが、「看護師になる」という夢は変わりませんでした。地元大学の看護学科への進学を目標にします。

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