ジャーナリストのニック・ビルトンが指摘しているように、フォーチュン500企業のCEOが、気に入らないジャーナリストたちをブロックするのは一般的な行動ではない。
ましてや、CEOたちがオンライン上の見ず知らずのアカウントに徹夜で返信し続けたりするなどありえない。伝統的な企業の経営者たちとは異なり、マスクはただインターネットに向けて話すのではない。彼はインターネットと対話しているのである。
大衆に「当事者意識を与えながらバズる」という心理操作テクニック
マスクを異常に自己中心的であるとか、主人公症候群を患った人物であると見ることも可能だが、もう少し別の観点から捉えてみるのも面白いだろう。メディアのなかにひとりの参加者として入り込み、他の人々と並んでゲームをプレイしようとする姿勢こそが、彼の権力を生む一要素なのだ。
ミームになるということは、モジュール化され、再利用可能になるということ――つまり成長し続ける循環型経済の一部になるということだ。これもまた、マスクの戦略の一部なのである。彼は何らかの事柄に「懸念すべきだ」といった短い言葉だけを投稿し、その行間は人々に埋めさせ、大衆が作り上げたストーリーを讃える。
バズることに支配されたメディア空間において、これは影響力の行使として最適化した形だと言える。コンテンツが馬鹿げていればいるほど、人を動かす力があった。人々がこんなものを信じるのなら、ほかに信じないものなどあるだろうか?
マスクは、インターネットが掲げていた夢への幻滅感――デジタル空間はもはや復活した公共圏でも社会正義のエンジンでもなく、ドゥームスクローリング(悲観的なニュースを際限なく読み漁ること) 、サディズム、そして他人を引きずり下ろす快感の場だという感覚――の広まりを敏感に感じ取っていた。
Twitterのヘビーユーザーたちは、このプラットフォームを「地獄サイト」と呼んでいた。
その地獄が最も生産的になるとき、そこはもっと単純で、生々しく、魅惑的な場所、つまり金を稼ぐ場所となる。誰もがここへやって来る――自分たちの資産を吊り上げるために。

