僕はイベントに登壇する機会も多いのですが、そのとき女性で登壇するのは大抵いつも同じ人です。絶対数が少ない分、声がかかる女性にどうしても偏りが出てしまうのでしょう。
「女性特有の事情」を理解しないオッサンたち
無意識のうちになされる「同質性の強制」は、地方ではさらに強いように感じます。
僕は沖縄の琉球大学で客員教授をしていたときに女性の学生と話す機会も多かったのですが、驚いたのは、将来は「結婚するか、公務員になるか」の二択で考えている女性が結構な数でいたことでした。
これは琉球大学の学生が特別なわけでなく、むしろ、一般的な考え方として浸透しているように感じます。
もちろん、こうした意見には個人差があるため決めつけることはできません。でも、女性にはどうしても「イメージできる選択肢が少ないこと」が現実としてあるのでしょう。
要は「ロールモデル不足」が1つの原因。自分たちが目にするお手本が少なすぎて具体的にイメージできなかったり、実際に活躍している女性たちがあまりにレベルが高すぎて、「私とは違う」と引いてしまったりするわけです。
たとえば、2025年10月に日本初の女性総理大臣として、高市早苗氏が選出されましたが、彼女を基準にするとレベルが高すぎるかもしれません。
でも、女性が社会や仕事でもっと活躍するために必要なことは、本質的に男性と変わりません。マーケットに対してバリューを生み出すことであったり、「外のものさし」を持って自分の立ち位置を考え、キャリアを形成していったりする点は同じです。
ただし、特に日本において、男女差が顕著に影響するのがライフイベントの差かもしれません。たとえば、出産というライフイベントは女性と男性ではどうしても意味合いが異なりますよね。
他にも、女性にはどうしても体調のアップダウンに影響を受ける面があるため、男性と同じように振る舞えないときがたくさんあるのです。
このような状況下で、そんなことをまったく理解できないオッサンたちが支配している社会という枠組みにおいて、女性はパフォーマンスを発揮しなければいけない。ということは、最初からものすごく不利な状況に追い込まれていると見ることができます。
