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不動産事業売却でコンテンツに1500億円投資、"甘えの元"に別れ告げたフジテレビがそれでも断ち切れない「80年代の呪縛」

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フジテレビ本社
闇夜に輝くフジテレビ本社。IPへの巨額投資で再び輝ける日はやってくるのか(写真:ブルームバーグ)
  • 境 治 メディアコンサルタント
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いま、「放送」は伝送路として影響力が減少し、「配信」に置き換わろうとしている。また、国内市場に縛られざるをえなかった「放送」も、「配信」に替われば世界に拡大する可能性も見えてきた。だからこそフジテレビはコンテンツ事業に特化し、放送インフラを持ち株会社に預けて、ディストリビューション(流通)を拡大しようとしているはずだ。

それなのにまだ、放送を進化させたキーワード「楽しさ」に引きずられる必要があるのか。まったくない。いまさら「はき違えていた」と言う必要もない。

はき違えていたことは、昨年、日本中が理解した。収益がズタズタになり、フジテレビはもう十分に反省したと多くの人が受け止めている。それなのに「楽しさに愚直であれ」「楽しさに驕るな」などと書き連ねられても、「あれ、反省していないの?」と言いたくなる。

フジは“斜陽のテレビ業界”の先行事例

「配信」の時代になり、世界に市場が拡大する中で、「楽しい」は今後も重要な概念だろうか。むしろ、一部の人が眉をひそめようとも、恐ろしいとか、エグいとか、エモいとか、そういった複雑で個人的な感情が大事になっているのではないか。

せっかく「ひとりの好きからはじまる熱」という言葉にたどり着いているのに、最初に「その楽しさは何のためにある?」と始まってしまう。そこから「ひとりの好き」にたどり着いたと言いたいのだろうが、逆にその自問に引っ張られてしまう。

「何のため?」と言いたくなるほど「楽しさ」に呪われていることが強調され、あきれてしまう。「楽しくなければテレビじゃない」の亡霊が、まだフジテレビ本社ビルの球体に漂っているようだ。

「楽しい」とは、かつて視聴率をもたらしたキーワードであるが、その視聴率はまだまだ下がり続けている。そこはテレビ局全体が同じ状況だ。もはや「楽しい」には多くの人が魅力を感じないのに、テレビ業界全体がまだ80年代のフジテレビの影響から逃れられずに楽しさを追い求めている。

そこにある問題を一番先に思い知らされたのがフジテレビであり、不動産も売却して世界を目指すコンテンツ開発に集中せざるをえなくなっている。それなのに「楽しい」を語り続けるようでは、フジテレビが再び輝く日はやってこないのではないか。

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