また別の声には、こんな無念もにじむ。
「あれだけのコンサートがあったのに、一度も会えなかった。最後も行けない。この後悔は一生残るだろう」
こうした語りは、中国のファンダムに根付く“情感の共有文化”と深く結びついている。中国のファンはその思いを物語として外に発信し、共鳴を通じて「別れの意味」をより大きなものへと変えていく。
来日できる中国ファンは限られるだろう
おそらく、物理的な制約から来日できるファンはごく一部に限られる。総じて言えば、中国の嵐ファンは、SNSを最大限に活用し、このラストコンサートを「個人的な記憶」から「集団的なデジタル儀式」へと昇華させていく。
北京在住の大学生Nさん(20代・男性)にとっても、本来なら現地で体感したい特別な瞬間だ。しかし現実には、チケット制度の壁に阻まれ、渡航制限の影響も受けている。その場に立ち会うことは叶わない。
「中国のファンにとっては、現場参加ではなく、コンサート後のハイライトをSNSで追いながら“間接的に参加する”のが主流になる。オンライン視聴を起点に、弾幕コメントで熱量を共有し、まるで別の形の“現場”が生まれると思う」とNさんは語る。
最後のコンサートに伴い、過去ライブやドラマ、楽曲の再視聴が広がり、「初心者向け嵐ガイド」といった解説系コンテンツが急増するとみられる。
現地に行けないという制約は、むしろ中国ファンの創意と行動力を刺激する。彼らはSNSを通じて体験を最大化し、「参加できない不在」を「別のかたちの存在」へと転換していくのである。
