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ダボスでの「叱責」から始まった日米の火種、ベッセント米財務長官が日本に迫る経済政策の転換と市場に漂う緊迫の正体

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(写真:ブルームバーグ)
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国際金融協会(IIF)のティム・アダムス最高経営責任者(CEO)は、日本は経済体制の転換期にあると指摘し、日銀が超緩和的な金融政策から段階的に退出することが「世界の均衡を変える」と述べた。

さらにアダムズ氏は、米財務次官(国際問題担当)を務めた経験を踏まえ、「日本の資本が国内に回帰する可能性」は米国債を含む世界の市場に影響を及ぼすとし、「米財務省はその移行課程を注視する必要がある」と語った。

ホテルオークラ

ベッセント氏の日本市場への関心は、バブル経済の末期で、その後の「失われた数十年」の始まりに当たる1990年にさかのぼる。

ベッセント氏は最近のポッドキャストのインタビューで、90年に初来日した際に約3カ月間滞在した東京のホテルオークラの宿泊料金が1泊500ドルだったと明かした。2011年には同350ドルに下がっており、「それが当時の停滞ぶりを物語っていた」と語った。

Photographer: Yuriko Nakao/Bloomberg

ベッセント氏は、「私は日本をよく知っている。日本の浮き沈みを見てきた」とし、「そして、長期にわたる停滞も目の当たりにした」と語った。

ベッセント氏は12年に母校の米エール大学で行われた重要な会合で、変化の兆しを感じ取った。上司でありヘッジファンド界の著名投資家ジョージ・ソロス氏に同行し、同大経済学部の浜田宏一教授と面会した。同氏は当時の安倍晋三首相の経済ブレーンの中核メンバーだった。

浜田氏は、後にアベノミクスとして知られる経済政策の初期の構想を説明した。

ベッセント氏は22年、経済誌インターナショナル・エコノミーへの寄稿で、「これらの政策が実施されれば、市場が大きく動く可能性があることにますます興奮を覚えた」と、当時を振り返っている。そしてソロス氏に対しては、うまくいくかどうか分からないが、「一生に一度の相場になるだろう」と語ったという。

日本の変化をより的確に把握するため、ベッセント氏はニューヨークと東京を毎月往復するようになった。正確な収益は公表されていないが、ソロス氏は12年11月から13年初めにかけて、円安を見込んだ取引で約10億ドル稼いだ。

ベッセント氏は22年までに、日銀が異次元金融緩和策の「最終局面」に入ったとみていた。自身が率いるマクロヘッジファンド、キー・スクエア・キャピタル・マネジメントも円の取引で30%のリターンを上げた。インターナショナル・エコノミー誌への寄稿では、長年にわたり「世界の金利のアンカー役を担ってきた」日本の金融政策の大転換が、世界の金融市場を揺るがす可能性があると指摘した。

その後、日銀は現代史上で最大規模の金融緩和策を終了した。23年4月に日銀総裁に就任した植田和男氏の下でマイナス金利は解除され、政策金利は0.75%まで引き上げられたが、それでもなお他の主要国と比べて低い水準にとどまっている。

日銀の政策に関するベッセント氏の発言を踏まえれば、訪日中に植田総裁との会談も行われる見通しだったが、ソウルへの訪問が決まったことで、日銀総裁との面会の可能性は低くなった。ベッセント氏によると、植田氏とは10年以上の付き合いがある。

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Getty Images

グローバルマクロ戦略で運用するホークスブリッジ・キャピタル創業者の高橋精一郎氏は、ベッセント氏について、「日銀の利上げはゆっくり過ぎるという感想はずっと持っていると思う」と語った。ベッセント氏はインターナショナル・エコノミー誌への寄稿で、高橋氏を日本の友人の一人であり、安倍元首相の友人でもあると紹介している。

ベッセント氏は昨年7月、東京の米国大使館で開かれた会合で高橋氏と面会した。高橋氏によると、利上げが「順当に行われれば、そんなに大きく円安にはいかないという話をした」という。高橋氏のオフィスには、ベッセント氏のオフィスを模したガラス張りの部屋がある。

日本は、エネルギー価格の高騰や中国との緊張関係などから重要な局面にある。今回のベッセント氏の訪日で、日本当局は慎重に対応する可能性が高い。

オールニッポン・アセットの森田氏は、ベッセント氏について、「日本をよく理解しているが、それが友好的な姿勢を取ることを意味するわけではない」と語った。

著者:藤岡徹、Daniel Flatley

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