それでも寿湯には1日平均600〜700人、若者から外国人観光客までが詰めかけている。なぜ、寿湯は生き残ることができたのだろうか。
東京の銭湯はピーク時の1/6…止まらない廃業ラッシュ
「東京ではひと月に銭湯が1軒、2軒なくなってますね。ピーク時には2500軒以上あったのに、2017年に自分が継いだ時点で約560軒、今は420軒ぐらいまで減ってますから」
元プロボクサーで寿湯の3代目オーナー、長沼亮三さん(46)の言葉に実感がこもる。
全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会(全浴連)によると、全国の銭湯数は1968年の約1万8000軒をピークに、2026年4月時点で1493軒まで減少した。毎年約5%のペースで減り続けており、10年後には1000軒を割り込む可能性も指摘されている。
銭湯が消える背景には、複数の構造的要因が重なっている。
まず、燃料費の高騰だ。湯沸かしに欠かせない重油やガスの価格が、国際情勢や円安の影響で大幅に上昇している。かつて1リットルあたり60〜70円台だった重油価格は、地域によっては倍近い水準にまで跳ね上がった。
コスト増を価格でカバーしようにも、高い壁が立ちはだかる。1946年に制定された「物価統制令」により、銭湯の入浴料は都道府県ごとに上限が設定されているのだ。スーパー銭湯と同じ民間事業者でありながら、料金設定の自由がない。東京都の大人料金は2024年8月に550円へ改定されたが、2025年は据え置き。仮に値上げが認められても、利用者離れを招きかねない「諸刃の剣」だ。
修繕費の問題も深刻だ。高温多湿の過酷な環境にさらされ続ける銭湯の設備は、劣化が避けられない。「直すのにすごいお金がかかる」と亮三さんが言うように、ボイラーや配管が壊れれば修繕費は数百万〜数千万円におよぶ。こうした負担を理由に、子どもへの事業継承を諦めるケースも少なくない。
そして、廃業には連鎖がある。1軒が消えると、その店に通っていたお客さんの一部が銭湯に行く習慣そのものをやめてしまう。廃業だけではない。改修工事などによるわずかな休業でさえ、客離れを引き起こすことがある。1軒の廃業や休業が、その店だけの問題では済まず、地域全体の銭湯文化を細らせていくのだ。
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【1959年、亮三さんの祖父が一軒の銭湯を買い取ったのがはじまり】
