しかし、街を再開発して観光スポットを増やすことには大賛成だ。
例えば、友楽町の旧「つたや」には、ユニークな店舗が入る。フレンチのシェフが手がける肉豆腐の店『松坂』。この場所がエポックメイクとなって、これを機に糸川周辺にも観光客が集まればと筆者は思っている。
市外通話開通は日本一早い明治22年
明治時代、政治家や政府高官が保養や会議をするため、しばしば熱海に逗留していた。そのため水道、電気、ガスのインフラに関して、急ピッチで整備された。特に東京との連絡は必要不可欠だったため、市外通話の開通は1889年(明治22年)1月1日と、日本で一番早かった。
筆者の祖母は生前、「昔は東京の親戚と電話するのに、熱海のほうが先につながったんだよ」とよく自慢げに話していた。当時のジモト民にとって、それはささやかな誇りだったのかもしれない。
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【熱海の地に岩崎弥太郎が残したもの】
