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ライフ #ジモトのアタリマエ──観光客の知らない知恵と常識

「元遊郭が肉豆腐屋に変身」「徳川家康と岩崎弥太郎の力も頂戴」…一度は廃れた街を復活させた熱海の"ちゃっかり力"

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熱海のビーチ
「東洋のナポリ」と呼ばれている熱海のビーチ(写真:masy/PIXTA)
  • 谷口 素子 取材ライター・コラムニスト
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しかし、街を再開発して観光スポットを増やすことには大賛成だ。

例えば、友楽町の旧「つたや」には、ユニークな店舗が入る。フレンチのシェフが手がける肉豆腐の店『松坂』。この場所がエポックメイクとなって、これを機に糸川周辺にも観光客が集まればと筆者は思っている。

市外通話開通は日本一早い明治22年

明治時代、政治家や政府高官が保養や会議をするため、しばしば熱海に逗留していた。そのため水道、電気、ガスのインフラに関して、急ピッチで整備された。特に東京との連絡は必要不可欠だったため、市外通話の開通は1889年(明治22年)1月1日と、日本で一番早かった。

市外通話にゆかりのある地ということで、東京の京橋のたもとに設置された最初の電話ボックスを復元して公衆電話を設置。公衆電話は今も使える(写真:筆者撮影)

筆者の祖母は生前、「昔は東京の親戚と電話するのに、熱海のほうが先につながったんだよ」とよく自慢げに話していた。当時のジモト民にとって、それはささやかな誇りだったのかもしれない。

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【熱海の地に岩崎弥太郎が残したもの】

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