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ライフ #ジモトのアタリマエ──観光客の知らない知恵と常識

「元遊郭が肉豆腐屋に変身」「徳川家康と岩崎弥太郎の力も頂戴」…一度は廃れた街を復活させた熱海の"ちゃっかり力"

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熱海のビーチ
「東洋のナポリ」と呼ばれている熱海のビーチ(写真:masy/PIXTA)
  • 谷口 素子 取材ライター・コラムニスト
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けれど、普段はマダムな装いで接客するオーナーも、7月15日、16日の “熱海こがし祭り”の日はガラリと変わる。髪の毛をアップにし、半纏を着て山車の上で笛を吹く。筆者とは幼馴染で、笛吹き仲間だ。

小学校低学年から一緒に山車の上で太鼓を叩き、中学に入ると笛を習いに師匠の家まで通った仲。今も現役でそれぞれの町内の山車に乗り、笛を吹いている。気がつけばキャリア約40年。祭りに参加する山車の中で、一番キャリアの長い二人だ。

「あの二人はいつまで山車で笛を吹くのだろう」と思っているジモト民もいる。冬は祭りに参加しないと思っている筆者も、5月が終わり、6月がきて、7月に入ると、笛を握りしめてお囃子の練習に出ている。「今年も山車に乗るの?」と聞かれたら……「もちろん、参加します」。ちゃっかりここで宣言してしまった。

ちゃっかり力で生き延びた街 熱海

熱海はジモト民のちゃっかり力で生き延びてきた街だ。徳川家康のお墨付きも、岩崎弥太郎の土地も、政財界のインフラ投資も、全部ありがたく頂戴した。そして令和の今、その遺産を観光客の皆さんと分かち合おうとしている。

熱海駅周辺の賑わいは嬉しいが、しかし、一過性のブームで終わるのではないかと危惧もしている。観光客には駅の周辺だけでなく、街中まで散策して熱海をもっと知ってほしい。

【合わせて読む→→→】前編:年間600万人が押し寄せる熱海「駅前のプリンと海鮮丼で帰らないで」ジモト民が通う《坂を下りた先》の素朴なグルメ

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