だが同社はその理念を一時期、みずから裏切ることになった。
11店舗すべて撤退、上場も断念
転機となったのは2001年。投資会社を迎え入れて、株式上場を目指すことになった。その過程で必要となったのが、スピード感。そして採用されたのが「パッケージモデル」の出店戦略だった。
「場所はロードサイド、60坪から70坪の広さ、年商、料理、価格帯、スタッフの配置数などすべてマニュアル化して出店したんです。でも出す店、出す店が全部ダメになりましたね」
2001年から2003年にかけて出店した11店舗は、すべて撤退に追い込まれた。この時バルニバービは深刻な迷走期に入り、上場も断念することになった。
「スタッフのモチベーションも上がらないし。周りから求められていることに、まったく応えられていなかったんです」
パッケージ化の出店戦略は、バルニバービがもともと大切にしてきた店づくりの考え方とはかけ離れたものだった。本来なら、その土地ごとに求められるあり方を考える。そして店の表情を変えていく。ただ、この時は上場の波に乗ろうとしたため、お客さんにも、現場で働くスタッフにも響かない店になってしまったのだ。
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【原点へと立ち返り、どん底から成長へ】
