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ビジネス #外食ビジネスのハテナ特捜最前線Ⅱ

売上143億円「バルニバービ」が店をつくり、街を育てたら土地が8億→32億に…常識を覆す"バッドロケーション戦略"の全貌

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GARB COSTA ORANGE
兵庫県・淡路島「GARB COSTA ORANGE」の海が見えるテラス席(写真:筆者撮影)
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この「バッドロケーション戦略」は、いつ、どのようにして生まれたのだろうか。

「場所に価値をつくる」発想の原点

もとは材木倉庫だった、一号店の大阪・南船場「Hamac de Paradis(アマーク・ド・パラディ)」(写真:バルニバービ)

バルニバービの原点は、大阪・南船場にある。現在では20代から40代が好むおしゃれな街として知られるこのエリアも、出店した当時は、人通りが多いわけでもなく、目的がなければ通り過ぎてしまうようなエリアだった。そこににぎわいをもたらしたきっかけが、バルニバービの店だったのだ。

その出発点には、創業者・佐藤裕久会長のストーリーが欠かせない。24歳でアパレル経営を成功に導いた佐藤さん。しかし、販売契約を結んでいたフランスの会社が倒産し、そのあおりを受け、佐藤さんの会社も多額の負債を抱えて倒産。ようやく返済し終え、これからやり直そうと思っていた矢先の1995年、33歳のときに阪神・淡路大震災を経験した。

神戸で大学時代を過ごした佐藤さんは、居ても立ってもいられず被災地へ赴き、おかゆの炊き出しを手伝った。塩とごま油だけの簡素なものだったが、口にした人々が涙を流しながら「ありがとう、また明日も頑張ろう」と言葉にしてくれたという。その経験が佐藤さんの心に強く刻まれ、「食には人を前向きにし、未来へ向かわせる力がある」と実感する出来事となった。

そうして、「食」で生きていくことを決めたものの、当時は資金も乏しく、出店できそうな場所は少なかった。その中で佐藤さんが街を走り回りながら見つけたのが、南船場にあった一軒の材木倉庫だった。決して人が多く往来するような立地ではない。しかし、足を踏み入れた瞬間、天井の高い吹き抜けの空間に可能性を感じ、店や料理のイメージが一気に広がったという。

佐藤さんはこの場所で出店を決める。そして、自らペンキを塗り、リノベーションしながら店づくりを進めていった。「ここに人が来たくなる理由をつくる」という発想で、パリの小さなカフェをイメージし、空間そのものに価値を与えていった。

大阪・南船場「Hamac de Paradis(アマーク・ド・パラディ)」(写真:バルニバービ)

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【場所の価値を引き上げ「バッドロケーション戦略」】

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