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2011年3月の東日本大震災は、世界史に残る未曽有の災害だった。国土交通省東北地方整備局の局長として、現場の総指揮を執った徳山日出男は、果断な決断で超法規的措置を繰り返し、津波被害の復旧で大きな役割を果たした。
「もうそろそろ語ってもいいかな」
後に事務方トップの国交事務次官となり、「伝説の次官」とも称される徳山。あれから15年が経った今春、当時の胸の内を計10時間かけて取材に語った。
「当時考えたことを初めてここまで話した」というその内容を基に、約10回にわたってお届けするドキュメント・危機のリーダー。配信は原則毎週木曜日。修羅場で重ねたその思考や判断は、ビジネスリーダーや官僚にとって最高の教科書だ。
第4回は、震災に直面した公務員たちが有事の判断で「法律違反に踏み切った」ときの記録である。
11年3月12日早朝。
東北内陸の幹線道路から沿岸部へ向かう16本のルートを切り開く「くしの歯作戦」が動き出した。
作戦を名付け、自ら指揮を執った国交省東北地方整備局長の徳山には、時間の猶予がなかった。3日以内に道を開けなければならなかった。
理由は、沿岸の病院だった。
燃料を届けなければ自家発電が止まる。そうなれば人工透析ができなくなる。災害とは直接関係のない患者すら亡くなってしまう。
「道路啓開」をどれだけ早期に完了できるか――それが地震や津波を生き残った命を救えるかどうかに直結していた。
だが、行く手を阻んでいたのは、がれきだけではなかった。