天下人となる兄を支えた弟の豊臣秀長にスポットライトをあてた、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。豊臣秀長は、豊臣政権内ではトップリーダーである秀吉と家臣たちとのよき橋渡しとなりながら、対外的には兄の代わりに有力な戦国大名たちと渡り合うこともあった。
その働きぶりから「理想のナンバー2」とも評されるが、一体どんな人物だったのか。連載「秀吉を天下人にした男、豊臣秀長の実像」の第18回では、織田信長の快進撃を支えた重臣の森可成について『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』の著者・真山知幸氏が解説する。
若き日の織田信長を支えた「槍の三左」とは?
日の出の勢いを得た織田信長が率いる織田家は、現代の会社組織で例えれば「時勢を味方につけて急成長したベンチャー企業」そのもの――。
本連載の序盤で、そんな記事(「桶狭間の戦い敗北で転げ落ちるように没落」 大河ドラマ「豊臣兄弟!」 約230年駿河に君臨した今川家、将軍に次ぐ権勢の凄さ)を書いた。織田信長が家督を継いで以来、長く支え続けたのが、重臣の森可成(もり よしなり)である。
森可成については、彼の子たちのほうが後世ではよく知られている。
長男の森可隆(よしたか)は若くして討ち死にしてしまうものの、次男の森長可(もり ながよし)は、その秀でた武勇から「鬼武蔵」と恐れられた。
また、3男の森成利 (もり なりとし 、通称「森蘭丸」)は幼少期から小姓として信長に献身的に仕えて、本能寺で最期をともにしている。
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【斎藤氏を見限って織田信長についた可成】
