「反信長勢力」が勢いづく姉川の戦い前夜、信長の息の根を止めようとした男がたどった悲惨な末路

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滋賀県長浜市にある横山城跡(写真:kumayosi / PIXTA)
滋賀県長浜市にある横山城跡(写真:kumayosi / PIXTA)
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、天下人・豊臣秀吉の弟である豊臣秀長を中心に、戦国時代のど真ん中で天下統一を果たした兄弟の軌跡にスポットライトがあてられています。今回は、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が衝突した姉川の合戦を解説します。
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浅井の裏切りで“反信長勢力”が勢いづく

元亀元年(1570)4月、織田信長は越前の朝倉氏を攻めますが、縁戚である北近江の浅井長政(妻は信長の妹・お市)の裏切りに遭い、撤退を余儀なくされます。

虎口を逃れ、信長が都に入ったのは、4月末のことでした。信長の敗戦は「反信長勢力」を勢いづけ、かつて上洛戦で信長に敗れた六角承禎は近江に出張り、方々に放火しています。しかもそれは、浅井氏と申し合わせた末の行動だったともされます。

近江野洲郡の守山では一揆勢が蜂起しますが、織田方の稲葉氏らにより、平定されました。一揆の平定を見届けた信長は、5月9日、都から岐阜に戻ろうとします。

しかし、浅井長政は鯰江城(滋賀県東近江市)に兵を入れて、更には一揆を唆し、信長の帰路を塞ごうとするのです。

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