「反信長勢力」が勢いづく姉川の戦い前夜、信長の息の根を止めようとした男がたどった悲惨な末路
浅井の裏切りで“反信長勢力”が勢いづく
元亀元年(1570)4月、織田信長は越前の朝倉氏を攻めますが、縁戚である北近江の浅井長政(妻は信長の妹・お市)の裏切りに遭い、撤退を余儀なくされます。
虎口を逃れ、信長が都に入ったのは、4月末のことでした。信長の敗戦は「反信長勢力」を勢いづけ、かつて上洛戦で信長に敗れた六角承禎は近江に出張り、方々に放火しています。しかもそれは、浅井氏と申し合わせた末の行動だったともされます。
近江野洲郡の守山では一揆勢が蜂起しますが、織田方の稲葉氏らにより、平定されました。一揆の平定を見届けた信長は、5月9日、都から岐阜に戻ろうとします。
しかし、浅井長政は鯰江城(滋賀県東近江市)に兵を入れて、更には一揆を唆し、信長の帰路を塞ごうとするのです。



















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