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キャリア・教育 #浪人したら人生「劇的に」変わった

東大文1合格のラッパー「休学してアフリカに渡航」あえて法学部進学を選ばなかったワケ

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東京大学に入学したころの法念さん
1浪で東大入学後、金銭的援助を受けながら休学できる制度を利用してガーナに渡航した法念さん。(画像:法念さん提供)
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しかし、だんだんと実力をつけていき、センター試験では838/900点となかなかの点数を確保。自己採点の結果を受けて急遽出願したセンター試験利用入試で早稲田大学の法学部に合格します。

その後第1志望の東大の文科1類を受験。しかし、結果は残念ながら不合格に終わります。この結果を受けて悔しく思った法念さんは、迷った末に早稲田の合格を辞退して浪人を決意しました。

法念さんに浪人を決めた理由を伺ったところ、「センター試験の点数も良かったし、2次試験の点数も決して絶望的ではなかったから」、「どうしてももう1回チャレンジしたかったから」と答えてくれました。

「(浪人を決めた)1番の理由は、センター試験の点数が僕にとっては異常に良かったことと、2次試験の点数も決して悪くなかったことです。センターでこの点数が取れて、最低合格点がこの点差なら1年やったらギリギリいけるなと思いました。1年後に高校同期の友人たちが浪人して東大に受かってるのをみたとき、悔しい気持ちになるんだろうなと思ったので、もう一度挑戦しようと思ったんです」

最低合格点から18点差だった法念さん。東京大学の成績開示では、不合格者が合格から近い順番にA~Eの5段階でランクづけされますが、そこでもBランクと高いランクだったそうです。

僅差での不合格を受け、浪人を決めた法念さんは、駿台お茶の水校3号館に通うことを決め、浪人生活を始めました。

「実家で暮らせていたので、高校の延長みたいな感じではありました」と語る法念さん。それでも「病むというか、フラストレーションがたまる生活ではありました」と当時を振り返ります。

「予備校は管理が厳しく、席も狭く硬く、休憩も短く、課題も次から次にやらないといけませんでした。駿台は指定席制で、1週ごとに同じ席に座るんですが、予備校に来ない人間が後ろにされていくんです。自分は夏から秋にかけて予備校に行けない時期が続いてしまい、次第に最後列固定になりました」

「この人から学びたい」と思う先生に出会う

「夏〜秋くらいまではメンタルがどん底でした」と当時の生活を振り返る法念さん。

「浪人時代は、月1回くらい国立国会図書館に行って戦前の入試問題を解いたり、東大の歴史の授業にも潜ったりしていました。手ぶらで模試に行って、友達にシャーペンを借りてそれで解いて帰ったこともありました。要はイキっていたんですが、イキらないと(浪人生活を)やってられなかったんです」

しかし、秋頃までメンタルが落ちた状態が続いていた法念さんに、浪人人生を変える出会いがありました。

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【東京大学文科1類に合格】

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