欧州の多くのポピュリスト政治指導者は、移民など外国勢力を敵対視することで支持を伸ばしてきた。オルバーン氏も100万人を超える難民、移民がシリアやイラクからなだれ込んだ際、受け入れのみならず、移民がハンガリーを通過することさえ妨害した。
さらにキリスト教保守として、フランスやスペイン、オランダ、イタリア、ドイツなどに浸透するLGBT+にも強い嫌悪を示し、欧州のリベラリズム侵入を拒んだ。
左翼イデオロギー離れ、自由主義経済重視に移行
オルバーン氏は、ソ連統治下で民主化運動の闘士として国内の改革派若手グループを率いた経験を持つ。1998年から2002年まで首相を務めた。
ベルリンの壁崩壊を後押ししたハンガリーは、1999年3月にNATO(北大西洋条約機構)に加盟、2004年5月にEUに加盟したが、10年に首相に再登板したオルバーン氏は、ロシアに再接近した。22年のロシアによるウクライナ侵攻の際には、国益に反するとしてウクライナへの軍事支援を拒否。ロシア制裁に距離を置き、他のNATO諸国と一線を画した。
欧州西側に拡がるリベラリズムは、伝統的キリスト教の禁欲的価値観からも離れ、家父長制の家族観を否定し、逆に個人の自己決定権、平等の権利、同性愛など性的規範の崩壊が進んでいる。
つまり、17~18世紀の啓蒙主義に起源を持つ宗教的・封建的な権威から個人を解放し、東西冷戦後の欧州は政府の権力を宗教ではなく憲法で制限することを重視しているのだ。とくにフランスは1905年、政教分離(ライシテ)の原則を憲法に定め、欧州西側に拡がって今日に至った。
日本では西洋リベラリズムをポジティブに捉えることが多いため、ハンガリーのオルバーン政権やポーランドの保守政治が政教分離していないと批判的に報じられることが多い。
だが、ソ連冷戦下でオルバーン氏のように民主化運動に身を投じてきた宗教的規範を尊重する右派も存在し、その普遍的な価値を推し進める姿勢が、国内のナショナリズムやエリート層を形成したのも事実だ。
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【社会民主主義の衰退】
