ホルムズ海峡封鎖危機で強まった日本の「アメリカ頼み」/対米追従を選んだのは日本国民だ/高市早苗と田中角栄の違い

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こうして政府は、石油資源の新しい仕入れ先を探すとともに、国内における石油規制の基本法案である4分類方式を示す。

石油消費を4分類し、第1類は病院、消防署、学校など公共性の高い機関でゼロカット、第2分類は鉄道、航空などの公共輸送で前年度並みを消費、第3分類は農林水産業で10%カット、第4分類は通産省所轄業種で20%カットという方針だった。とりわけ第4分類は産業部門で大幅な生産カットということになる。

時間停電案もあったが、実施されなかった。銀座の街並みからネオンサインが消え、節約ならぬ「節電」という言葉がささやかれたことは、当時大学生であった私の記憶にもある。

独自外交がもたらしたもの

田中政権は未曾有の危機の中で石油を求めてあちらこちらへと動いた。今の政府とまったく違った奔走であった。しかし、これらの日本独自の外交がアメリカとの外交をギクシャクさせたのは間違いない。

今回、日本の政府は当時の政権のようにはまったく動いている様子がない。備蓄が200日に増えたことがあるとしても、一種奇異である。国民に買いだめのパニックもないし、企業や政府にもその焦燥感がない。きわめて平穏である。この戦争はすぐに終わると思っているのであろうか。

石油消費に対するガソリン切符の導入や、時間停電の話も聞かない。また友好国のホルムズ海峡通過は許すというイランと交渉しているという話も聞かない。半年続けば確実になくなることはわかっているのだが。

背景にアメリカに対する絶大なる信頼があるのか。アメリカによる早期解決に対する確信でもあるのだろうか。トランプ大統領が弾劾で辞任し、停戦で終結するのを待っているのか。そうなったとしても、膠着状態はずっと続くかもしれないのだ。

高市・トランプ会談での卑屈な外交を見る限り、石油ショックの後のアメリカによる日本、とりわけ田中角栄に対する攻撃、すなわち76年のロッキード事件による逮捕、さらにはアメリカによる80年代の「貿易戦争」とまで言われた経済的な過剰な要求によって垣間見えたアメリカの恐ろしさに怯えているようにも見える。

石油ショックが日本政府にもたらしたものは、石油をどう確保するかではなく、アメリカ従属国家の日本がアメリカに反旗を翻せばその政治家はどうなるのかという悲惨な現実であったのだ。

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