そこで住む街の候補に中野、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪があがり、選んだのは中野。中野駅は東西線の始発駅でもあり、乗り換えなしで座って通勤できる。だが最終的な決め手は、意外にも感覚的なものだったという。
「八王子のなかでも駅から離れた新興住宅地で育ったので、街のなかに住むこと自体が初めてだったんです。駅前から続く中野サンモール商店街を抜けた先に住んだら楽しそうだなと思って、ほぼ一発で決めてしまいました」
愛知万博がきっかけで社交ダンスにハマり、再び会社員に
結婚から2年後の98年に独立。フリーの編集者・ライターとして自宅で仕事をはじめ、東西線で通勤する必要はなくなった。「心の師匠」がいる阿佐ヶ谷の編集プロダクションに自転車で通い、30手前で今の場所に家を購入して3階を事務所に。仕事も暮らしも、中央線沿いで完結する生活になった。
転機が訪れたのは35歳のとき。2005年の国際展覧会「愛・地球博(愛知万博)」での体験が、吉川さんの人生を大きく動かすことになる。
当時、妻からずっと「一緒に社交ダンスをやろう」と誘われていたものの、吉川さんは「自分にはとても無理」と断り続けていたそう。ところがある夏の日、愛知万博に出かけた夫妻が涼を求めてふらりと入ったドミニカ館で、同国発祥のラテンダンス「メレンゲ」と出合った。
「スタッフさんの声かけで、ダンスレッスンがはじまったんですよ。周りに流されるまま妻と一緒に参加したら、フォークダンスみたいな感じでとても楽しくて。そこで心のブロックがひとつ外れましたね」
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【通勤路が「すごく楽しい」】
