1969年、東京都八王子市に生まれた吉川さんは、幼少期から多摩地区で何度か引っ越しを経験している。当時暮らしていたのは新宿と八王子を結ぶ京王線沿いで、中央線を利用するようになったのは高校生からだった。
京王線も中央線も、都心に出ればたどり着くのは新宿駅。だから遊びに行くといえば、いつも新宿だった。
「新宿は自分にとって『都会の代表』なんですよね。買い物も映画もゲームショップも、ぜんぶ新宿でした」
新選組のふるさと日野で、初めてファンの熱狂に触れる
新宿駅とともに、もうひとつ思い出深い駅がある。中央線の日野駅だ。高校生の頃、八王子の実家から都心に出るときは、よく日野駅を使っていた。
日野は、新選組のふるさとともいえる街。当時、司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』や『新選組血風録』に夢中だった吉川少年にとって、特別な場所だった。
新選組の主要メンバーである土方歳三や近藤勇、沖田総司らが腕を磨いた出稽古用の道場は、日野の名主であり新選組の後援者としても知られる佐藤彦五郎の屋敷内にあった。江戸時代から現存するこの建物「日野宿本陣」は、のちに隣地で材木業を営む宮崎家の所有となり、建物の一部を蕎麦処「日野館」として営んでいた。
ある日、吉川さんは店頭で「アルバイト募集」の張り紙を発見する。常連向けの落ち着いた店で子どもが気軽に入れる雰囲気ではなかったが、迷わず飛び込んだ。建物の奥がどうなっているのか、どうしても見てみたかったのだ。
飛び飛びではあるものの数年間アルバイトを続け、店主と親しくなると念願だった奥の生活スペースにも通してもらえるようになった。「この部屋で土方歳三がよく昼寝をしていたんだよ、と教えてもらいましたね」と懐かしそうに振り返る。
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【ファンの熱狂というものに初めて触れた体験】
