「バブル崩壊、阪神淡路大震災でダメージ」「分譲で新陳代謝も進まず」…シャッターだらけ「兵庫の廃墟モール」衰退の理由

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ところがオープンから1年足らずでバブルが崩壊。複数店舗が退店してしまい、空き区画が増え始めた。

廃墟化の引き金となったのが、核テナントのダイエーの撤退である。2005年2月、ダイエーの経営再建を支援していた産業再生機構が閉鎖・売却を検討している53店舗のリストを発表し、そのなかに出屋敷店も含まれていた。同年8月正式に閉鎖が決定し、10月に撤退。出屋敷店では阪神淡路大震災後に売り上げが低迷し、赤字が続いていた。

ダイエーが閉店した翌日の段階で、「ダイエー以外の専門店も撤退が相次ぎ、現在は74店舗のうち20店が空き店舗」と報じられている(『毎日新聞』2005年11月1日)。そのような状態のなか、「リベル」商業ゾーン売り場面積の約7割を占めるダイエーが撤退した影響は計り知れない。ダイエーの閉店により専門店の売り上げは激減し、さらに空き区画も増えた。

核テナントが不在となって大打撃

ダイエーの後継店舗探しは難航した。「出屋敷リベル」では空き区画を活用したフリーマーケットを実施して集客を図ったり、尼崎市が専門店に対して特別融資を行ったりと、さまざまな策を講じながら食いつないでいた。

ダイエー撤退から1年が経過した06年10月、ようやく後継店舗がオープンした。家電量販店のミドリ電化である。だがダイエーが営業していた地下1階〜地上3階のスペースのうち、ミドリ電化が出店したのは2階のみであった。

08年2月時点で、「専門店は減少し、現在約30店。06年には2階部分に家電量販店『ミドリ電化』が出店したものの、施設全体の集客は以前の半分程度に落ち込んだまま」だったという(『毎日新聞』2008年2月19日)。

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