偶然にも同じ年の5月にも、戦国の世を揺るがす、大番狂わせが起きている。強大な今川軍を織田信長が討ち破った「桶狭間の戦い」である。
六角氏から離れた長政は信長と関係を構築すべく、永禄2~5年あたりに、妻として信長の妹、市を迎えている。
信長にとっても、意義の深い同盟だった。浅井家が治める北近江は領土こそ小さいものの、本州の最もくびれたところに位置している。交通の要衝だけに、いち早く押さえておきたかったに違いない。
追い詰められた信長軍を見事に退却させた秀吉
お互いに強敵を倒し、著しく台頭したタイミングで、手を組んだ信長と長政。周囲も注目したことだろう。
だが、その同盟関係は長くは続かなかった。元亀元(1570)年、信長が越前攻めを始めると、浅井長政は裏切って、信長の背を突くべく浅井軍を動かしたのである。
思わぬ形で挟み撃ちにされて、さすがの信長も大いに狼狽したことは、想像に難くない。ここから無事に退却するためには、最後尾で朝倉軍と戦いながら逃げる「殿(しんがり)」が必要となる。
命を落としかねない危険な任務にもかかわらず、秀吉は志願して、その役目を引き受けたという。
秀吉は、最後尾で朝倉勢の攻撃をしのぎながら奮闘。無事に織田軍を退却させた。「藤吉郎の金ヶ崎退き」という、秀吉の功績として語り草になっている。そこでは、兄と命運をともにすると決めた弟の秀長もまた、死力を尽くしたと考えるのが自然だろう。
同盟によって信頼関係を築いても、決して油断できない――。
浅井家の離反によって窮地に追い込まれたことで、信長はもちろん、豊臣兄弟もまたそのことを痛感したことだろう。
【参考文献】
宮島敬一著『浅井氏三代』(吉川弘文館)
真山知幸著『企業としてみた戦国大名』(彩図社)
杉山博編『多聞院日記索引』(角川書店)
ルイス・フロイス著、松田毅一・川崎桃太訳『完訳フロイス日本史』(中公文庫)
金松誠著『松永久秀 シリーズ・実像に迫る』(戎光祥出版)
竹内理三編『史料大成多聞院日記〈全5巻〉』(臨川書店)
太田牛一著、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
河内将芳著『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(戎光祥出版)
真山知幸著『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(日本能率協会マネジメントセンター)
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