強烈なトップダウン経営は大学に通用するのか? ニデック永守氏「第2の人生」に潜む強権的マネジメントの罠

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京都先端科学大学
永守重信氏が理事長を務める京都先端科学大学(写真:共同)
2月26日、ニデック創業者の永守重信氏は同社の名誉会長を辞任し、経営の第一線から完全に身を引いた。昨年12月にはすでに代表取締役など経営に関わる役職をすべて降りており、この日をもって名実ともにニデックの経営から離脱したことになる。
主要メディアは今日に至るまでニデックの会計不正問題を大きく報じ続けているが、筆者は、永守氏が理事長を務める京都先端科学大学が「終わった(とみられている)人」の本格的再デビューの舞台になるのではないかとみている。
日本の経営史を振り返ると、創業者が大学経営に乗り出す事例は珍しくない。「我輩は125歳まで生きるのじゃ」と豪語していた早稲田大学の創立者・大隈重信氏のごとく、自宅にトレーニングルームを設置し、健康管理を怠らない永守氏も古希(70歳)を迎えたとき、「125歳まで生きる」と宣言していた。
はたして、永守氏は第2の人生を開けるのか。本稿では前編・中編・後編の3つに分け、中内㓛氏が設立した流通科学大学との対比を通じて、永守氏と彼が理事長を務める京都先端科学大学の今後について論じてみたい。
前編:ニデック永守氏の"次なる舞台"? ダイエー中内氏が創設した流通科学大学の盛衰に見る「企業系大学」の厳しい現実
後編:即戦力育成か、人間力の涵養か? ニデック永守氏が京都先端科学大学で問われる「長期の実学」と新たな「良心」

(外部配信先ではハイパーリンクや画像がうまく表示されない場合があります。その際は東洋経済オンラインでご覧ください)

「ニデック創業者」永守重信氏と京都先端科学大学

永守氏が京都先端科学大学の前身である京都学園大学に関与を深めたのは2018年である。私財約100億円を投じて経営に参画し、学校法人の名称を永守学園に、大学名を京都先端科学大学にそれぞれ改めた。

20年4月の記者会見では「いずれは医学部も作りたい」と突然表明し、小学校設置の考えまで明らかにした。小学校から大学院まで一貫教育体制を整備するという壮大な構想である。さらに「(すでに過ぎてしまったが)25年には関関同立を、30年には京都大学を抜く」とも公言した。

永守氏が繰り返し語ってきた教育への思いは明快だ。「日本の偏差値に偏重した教育が若者を駄目にしている」「日本の大学教育は実社会から遠すぎる」と憂い、「大学教育を根底から変える」と宣言。「世界で戦えるエンジニアと経営者を育てたい」といい、ビジネススクールを新設して自らも教壇に立ち、著名経営者を講師に招いた講義も開講している。

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