では、白岩氏はどのようにして、父親として自覚を持てるようになったのか。
「それはただ単に育児をしてきた、としか言えない。育児の行為の積み重ねが親にさせてくれる」と話す白岩氏。『プリテンド・ファーザー』の中にも、章吾が恭平に次のような言葉を投げる場面がある。
「子どもを持てばさ、社会的にはそれで親になれちゃうんだよ。なるのは簡単って言ったらあれかもしれないけど、それだけじゃ肝心の中身がともなってないと思うんだ。本当は、子どものために何かをすることで初めて親になるわけで、逆を言えば、その行為によってしか親にはなれない気がするんだよ」(『プリテンド・ファーザー』より)
その時間がしかし、現代の父親には足りないことが多い。
「もう少し社会全体が、男性のあり方に幅を持たせられたらよいのですが、それが許されていないように感じます。ただ、会社員でもない僕に、企業での働き方について口を挟めることは正直、ない。僕の仕事は、男性の感情をちゃんと書いていくことだと思います」(白岩氏)
男性性について考えてきた
白岩氏の近作は、男性性を考えることから生まれてきた側面がある。その原点はどうやら、デビュー作の『野ブタ。をプロデュース』の大ヒットだった。
ドラマ化された同作を、白岩氏が書いたのは21歳のとき。
「子ども時代から、男の子の文化になじみ切れず無理をしていたのですが、収入も増えて気が大きくなり、年長者から一目を置かれたりする中で、自分がそうした葛藤を乗り越えたかのように錯覚した。
一方で、インターネットで見ず知らずの人から批判され、周囲に食事をおごらされたこともある。自分が誰かを踏みつけているような感覚と、踏みつけられるような感覚が同時にありました。そのしんどさがどこか、男性性に近い気がしています」(白岩氏)
白岩氏は、男性は自分の感情にふたをするよう育てられる側面がある、と指摘する。
大人からは「男の子は泣くな」としつけられる。悩みがあっても、友達に「そんなことは忘れて、もっと楽しいことしようぜ」と誘われ、「バカかエロかで自分の感情をごまかすほうが多かった。男の子には、気持ちをごまかす装置がたくさん用意されている」と話す。





















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