5歳の娘が生まれてしばらく経った頃で、「自分自身に対してそう感じていたんです。妻と同居したときからお互いに家事をしてきましたし、姉の子どもなどの世話は経験していたので、おしめ替えや沐浴といった作業的なことはできた。でも、妻任せにしていた部分もたくさんあったと思います」と振り返る。
「父親というものを書きたい。でも、母親が妻として横にいると、どこまで自分で子育てを負うかの問いがぼやけてしまうので、シングルファーザーという設定にしました」と説明する白岩氏。
恭平と章吾は「2人とも自分の中にいます。現実には妻任せにしてしまう自分と、ちゃんと担おうとする自分がケンカしているような感じなので、物語の中でその2人を対話させれば、父親として生きている自分の真ん中にあるものが見えてくるのではないか」と考えたことを話す。
「育児の行為の積み重ねが親にさせてくれる」
書いてみて、「父親というのは、役割を演じることに過ぎない」と改めて感じた、と言い、時代によって求められる役割も変わる、とも指摘する。
今は「父親も育児に参加すべき」という社会になってきたものの、父親には育児をするかしないかの「選択肢があるかのような気がして、ちょっと迷えてしまうところが問題。育児をしない選択をしたら責められる環境にはあるものの、やらない男性もまだたくさんいる」。
過渡期の今、白岩氏自身は育児をしているだけで褒められ信頼されるのに、妻は自分の両親から「こんなにやってもらって、感謝しなさい」と言われてしまうことに違和感を抱くという。世代や地域によっても、育児に対する考え方は異なる。





















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