「東京に行きたがるセツ、渋るハーン」朝ドラ「ばけばけ」地獄の東京にハーンが長く住み続けた背景

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山寺
(写真:mr.アルプ / PIXTA)
NHKの連続テレビ小説「ばけばけ」が、最終回まで残すところあと7回となり、注目が集まっている。明治時代の作家・小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)の妻・小泉セツをモデルにした物語である。ギリシャに生まれて、アイルランドで幼少時代を過ごしたラフカディオ・ハーンが日本に渡ったのは、40歳のとき。翌年に小泉セツと結婚し、46歳で日本国籍を取得。小泉八雲として第2の人生を送った。「耳なし芳一」などの『怪談』で知られる小泉八雲と、その妻の小泉セツは、どんな生涯を送ったのか。『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』の著者で偉人研究家の真山知幸氏が解説する。
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東京に行きたがるセツ、渋るハーン

「あなたは今の東京を、歌川広重の描いた江戸絵のようなところだと誤解している」

東京への憧れを持つ妻の小泉セツに、ラフカディオ・ハーンはそんなふうに釘を刺したという。セツは当時をこう振り返っている。「ヘルン」とはハーンのことだ。

「ヘルンはもともと東京は好みませんで、地獄のようなところだと申していました」

そこまで東京を嫌っていたハーンだったが、神戸を離れると、東京へと移り住んでいる。それどころか、ハーンにとって東京が日本で最も長く住む場所となるのだから、人生とはわからないものだ。滞在期間でみると、松江は1年、熊本は3年、神戸は2年だったが、東京には実に8年も住み、人生の最期も東京で迎えることになる。

一体、何があったのか。神戸にいたハーンに「ぜひわが校で教鞭をとってほしい」とアプローチしたのは、東京帝国大学文科大学長の外山正一である。英文学教授のウッド博士の後任として、ぜひハーンを招聘したいと考えたようだ。

外山は仲介者のチェンバレンに、ハーンへの思いをこんなふうに語っている。

「推薦状などはあてにならぬものだから、本国から未知の人間を迎えるのは不安だ。ハーンこそ、その著作以外に何の推薦状も要しない人物だと思う」

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