西武鉄道、45年超のベテランが伝える「事故の教訓」 40年前「異例の大雪の日」に運転した安全の語り部
田無事故が発生した40年前、村上さんは運転士として独り立ちしてまだ1年。上石神井乗務所に出勤しようとしているときにニュースを知った。新宿線が全線で運転見合わせになったため乗務所で待機していたが、夕方になって新宿駅まで1往復の運転を担当するように言われた。
「前方はレールも見えず真っ平らで、積もった雪をかき分けるように進みました。ブレーキがスカスカで全然効かないので、おっかなくて。時速20kmも出せないですよ。あの感覚は実際に運転した人しかわからない」
西武鉄道では事故後、悪天候時の警戒態勢や運転に関する規程を見直し、車両には雪が制輪子(ブレーキシュー)と車輪の間に入るのを防ぐ措置を施した。現在は圧着ブレーキ(耐雪ブレーキ)を整備するなどの対策をしている。
「絶対に止めない」美談がアダに
ハード面だけなく意識面の刷新も必要だった。安全共育室には、第2次世界大戦後の占領期である1951年2月に、大雪のなか運行を続けた西武鉄道の企業風土を称賛する新聞記事や、連合国軍総司令部(GHQ)からの「感謝状」など“美談”を伝える資料を展示している。
「田無事故の前までは『西武鉄道は雪が降っても絶対に止まらない、止めてはいけない』という社風があった。そのために無理な運転が事故に結びついてしまったので、事故後は『危ないときには止める』という安全最優先へ意識を変えていった」(村上さん)





















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