広告契約ゼロでノイローゼ寸前だったニトリ会長の過去、"ダメ営業マン"が「たまたま選んだ家具業界」で天下を取った訳
もし私に発達障害がなかったら、こんな転機は訪れなかったでしょう。広告営業のサラリーマンとして、そこそこの人生を送っていたかもしれません。そうなると「ニトリ」はこの世に生まれなかったんだと思うと、「できないことの多い自分でよかったなぁ」としみじみ思えます。たしかに、この脳の特性のせいで壁にぶつかる場面はたくさんありました。でも一方では、この特性のおかげでこれまでの成功をつかめたんだと、私は胸を張って言いたいです。
発達障害の診断を受けたあとの暮らし
ついに、ニトリの第一歩となる「似鳥家具卸センター北支店」が、1967年12月にオープンしました。「卸」とつけることで安さをアピールし、「センター」で大きそうなイメージを加えたネーミングです。「北支店」としたのは、他に本店があるように思わせるためでした。我ながらせこいアイデアです。
ここで大幅に時間を早送りし、発達障害の診断を聞いた後、今の私のことを書いておきましょう。と言っても、昔の私と変わらない部分がたくさんあります。相変わらず忘れ物はしますし、多動でせっかちで、思いついたら即行動に移します。周りをあたふたさせてばかりです。
一方、就職したての時のような、人と話す時の過緊張や言葉が出てこなくなることはなくなってきました。ニトリの経営者として、仕事の場数を踏んで慣れてきたからだと思います。大勢の人の前で話すのも大丈夫、むしろ楽しい時間を過ごせるようになりました。
でも脳の特性はそのままですから、「シナリオ通り」はやっぱり苦手です。自由に、アドリブでやらせてもらったほうがのびのびと話せる感じがします。
ちなみに、この本を作っている時点で困っているのは、新曲のレコーディングを控えているのに歌詞がちっとも覚えられないこと。歌うのは学生時代から大好きで、実はCDデビューもしているんです(歌手での名義は「ニトリアキオ」です)。今度新たに4曲録音するのですが、歌詞が本当に、全く頭に入らない。暗記して、しっかりと感情を込めて歌いたいのですが、どうなることやら……。
覚えられないと言えば、この間は旅先で観光ガイドさんに怒られました。遺跡を回りながら、ガイドさんの説明をふむふむと興味深く聞いていたのですが、少し歩くとその内容をすっかり忘れてしまうんですね。なので私はガイドさんに「あれ、さっきの遺跡って……」と質問したんです。
そんなことを2度、3度と繰り返したら「さっき言ったでしょ!」とガイドさんに怒られてしまいました。私は「はい、すいません」としょんぼり。そこから先はもう、彼女は説明してくれなくなってしまいました……。一緒にいた妻は「(この人、また やってる)」と苦笑いです。そんなわけで、うまくいくこと、いかないことの凸凹は 今もしっかり残っています。
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