「死んだほうがいいかも」…本州進出を中止したニトリ会長の独白、4億円の違約金を払い"土下座の勢いで謝罪"した過去
ニトリ本州進出を前に、私の心は振り子のように揺れていた
1980年代後半、ニトリの店舗は北海道全域に広がり、道内での知名度は定着。「いよいよ本州進出」と行きたいところでしたが、どうにも経営者である私の気持ちがそこについていけていませんでした。
「100店舗、1000億円」の目標を達成するために北海道の外に出ることは欠かせない。頭ではそうわかっているのに、大げさではなく、私は本州進出を恐れていたのです。
未知の世界へ進出するために必要なコスト、各地域にチェーン展開している大きな競争相手との戦い。その過程で自分がまた失敗するんじゃないかという不安が膨らんでいきます。経営者として揺れる自分がいました。
そんな弱気が表に出てしまったことがありました。全社員が集まる社員総会の場で、私はこう言ったのです。
「北海道のためにがんばりましょう」





















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