「第一種は採用条件が厳しいですが、入学直後に父の勤めていた会社が倒産し、収入が途絶えたタイミングと重なったため、借りることができました。第一種は月5万4000円をまる3年間、第二種は月10万円ほどを1年半〜2年借りました。総額約400万円ですね。振り込まれた奨学金はすぐには使わず、学費の支払い時にまとめて引き出していました。飲み会や買い物にも使わず、学費や定期代、材料費など必要経費のみに充てていたんです」
大学時代は自由な時間が多く、遊ぶこともあったが、専門学校では「就職できなかった」というコンプレックスと「技術を身につけるために来ている」という意識が強かった。高校卒業直後のクラスメイトたちと同じ土俵で就職活動をする以上、同じレベルでは勝負できない……。そのため、ファッション系の専門学生だったが、洋服にお金はかけず、勉強最優先の生活だった。
「私が専攻していたのは、洋服の型紙を作るパタンナーという職種です。アパレルメーカーにパタンナーとして就職したいと考えていて、さまざまな企業に応募した結果、都内の上場企業から内定をいただきました」
就職後、実家暮らしの間は月10万円を目標に返済
就職したアパレル会社は表参道に近い場所に本社があった。研修半年後に本社勤務になったが、当時は会社の寮が満室で入れず、翌年の春までは実家から通っていた。
「その間に貯金ができたので、奨学金は月10万円を目標に返済していました。いずれひとり暮らしを始めれば、食費や生活費、家具などで出費が増えることはわかっていたので、『返せるときに返しておこう』と思ったんです。第一種と第二種でそれぞれいくらずつ返していたかは正確には覚えていませんが、少なくとも“月10万円”を区切りにして払っていたのは間違いありません」
実家暮らしだったので家賃も食費も大きくはかからず、家には2万〜3万円入れていた。携帯代などを引くと、自由に使えるのは月5万円程度で、洋服などを買うかどうか悩むこともあった。
「同じように奨学金を“ほぼ上限まで”借りていた同期の中には、初任給でブランドの財布を買うような子もいました。正直、私は『いや、まずそこじゃないだろ』と思ってしまいました。専門学生だったときは私だって欲しいものはありましたが、それよりも不安のほうが大きかったです。だって、就職できなければ『借金』だけが残ってしまうわけですからね。履歴書を何十社に送っても相手にされず、炎天下の中、スーツで面接に行ってもなにも決まらないという、大学4年生のときの就活の経験がトラウマとして残っていたので、うまくいかなかったときのことを考えると当時は不安でした」
それでも、節約を意識したわけではないが、お金のやりくり自体は苦ではなかったようだ。
「給料が入ったら、奨学金の返済分を別の口座に移し替えます。そこからさらに細かく、水道代、ガス代、電気代などを引いて明細を通帳にメモしていきます。そして、1週間の生活費に関しては、例えば5000円と決めたら、その分を先に現金で引き出すんですよ。限られたお金で食費などをやりくりしていました」
それだけではなく、スーパーで商品が割引されていると、いつもより同じものを安く買えたということで「お得」と感じることができた。
「お買い得商品を探すというのは、ゲーム性があったので結構好きだったんですよ。例えば500円の商品が50%オフであれば、250円は得します。そこから、250円で好きなものを買えますよね。それだけではなく、普段の生活は我慢して貯金して、旅行先ではおいしいものを食べるとか、お土産を買ったりして、プラスマイナスを調整するようにしていました」





















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