「殺してほしかった」、8年間で110名超…刑期終えた出所者支援を"何度裏切られても"続けなければいけない理由
「許すことはできない。でも生きていてほしい」
留置場で弁護士から手渡された交通事故遺族の手記を読み、遺族の苦しみを知った。
「加害者は、自分のことでいっぱいだから、被害者の苦しみまで考えが及ばないんです。手記を読んで、加害者は罰を受けていずれ立ち直っていくけれど、被害者はずっと被害者のままなんだと知りました」
「どうか刑務所に入れてほしい」と検察官に訴えたが、叶わなかった。高校時代の同級生が減刑の嘆願書を出してくれたこともあり、下った判決は「禁固2年、執行猶予5年」。千葉さんは、自分の罪を誰かに罰してもらう機会を失った。
留置場を出てすぐに、遺族のもとへ謝罪へ向かったが、話を聞いてもらうことはできなかった。遺族は息子の死を受け入れることで精一杯で、加害者の言葉に耳を傾ける余裕などなかったのかもしれない。
出所後は、誰にも会わずにただ自宅に引きこもった。自分の罪をどう償うべきか、どう生きていけばいいのかもわからなかった。千葉さんを引っ張り出してくれたのは、嘆願書を書いてくれた仲間たちだった。
「彼らに言われたことは、今でも覚えています。『俺たちはお前がやったことを許すことはできない。でもお前に生きていてほしい』と」
自分は、生きるべきなんだ。生きるのなら、償う方法を考えなければならない。ならば誰かのために生きようと、千葉さんは弁護士を目指した。しかし、アルバイトをしながら10年間勉強を続けても、努力は実らなかった。
それでも、人のために何かしていなければ、生きていけなかったのだろう。必死に探して見つけたのが、当時、東京・歌舞伎町の支援団体の先駆け的な存在として活動していた「日本駆け込み寺」だった。そこで自立準備ホームの室長として働き、初めて出所者の受け入れに携わった。





















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