「中国地方の鉄道」、現役ローカル線と廃線の記憶 木次線や芸備線など「日本の原風景」を行く列車

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23年の豪雨で被災し、鉄道としての再開が事実上断念された美祢線(長門市―厚狭間、46km)も記憶に残る路線である。同線は長らく石灰石などの貨物輸送で支えられていたため、ローカル線然とした路線でありながら、運賃計算のうえでは「地方交通線」ではなく幹線扱いである点も特徴だ。

美祢線 貨物列車 DD51
DD51形ディーゼル機関車が牽引する美祢線の石灰石貨物列車(撮影:南正時)

同線はDD51形ディーゼル機関車の牽引する石灰石貨物列車の撮影が目的であることが多かったが、思い出にあるのは昭和50年代、全国ローカル線の本の取材で檀上氏と訪れたときのことだ。線路沿いの温泉旅館で宿の人の協力を得て、温泉から列車が見えるカットを撮影した。今ではこのような取材はなかなか難しいであろう。

美祢線 温泉
温泉から見た美祢線を走る気動車。温泉宿の人がモデルになってくれた=1983年6月(撮影:南正時)

「原風景」を行く列車たち

中国地方の鉄道、とくに山間部のローカル線は美しい風景ではあるものの、木次線の3段スイッチバックや山陰本線の海沿いなどを除けば、各線に大きな特徴やいわゆる「絶景」があるわけではない。過去の写真を改めて確認しても、どの路線か思い出すのに時間がかかることも多い。

岩日線
国鉄時代の岩日線(現・錦川鉄道錦川清流線)。3両とも違う形式の気動車を連ねた列車が走る(撮影:南正時)
芸備線 志和口
芸備線の志和口付近。山と川、そして田園が広がる中を気動車が行く(撮影:南正時)
【写真】非電化だった時代の伯備線を走る急行「おき」
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