「本当に美味しいもの」をほとんどの人は区別できない…味より情報が店の評価を決める残酷な現実
僕は、本当に美味しいものを作るより、それが本当に美味しいと伝える方がずっと難しいと思っている。もし、これを読んでいる方が、自分の商品の美味しさや品質の良さに自信があるなら、それを情報として伝える手間を惜しんではいけない。「もっと美味しいもの」は、その美味しさが伝わるまでは、「そこそこ美味しいもの」に過ぎない。美味しさの理由、信頼性のある評価などが伝わって、初めて「もっと美味しいもの」になるのだ。
地元の人は地元以外で評価されているものを好む
閉店後に店の2階にある事務所で仕事をしていると、通りを歩く人が「この店はよくテレビに出ている美味しい店だよ」と少し自慢げに話している声がたまに耳に入ってくる。それまでも褒めてもらうことがなかったわけではないが、テレビで紹介してもらえるようになって、このように言ってもらえることがかなり増えたことを実感している。
多くの人は、何となく「良いものはわざわざ出かける先にある」と感じている。もともと地元で見かけるものにそんなに良いものがあるとは思っていない。
もう大昔の話だが、岡山県出身の知人はユニクロのことを安いだけのブランドだと言っていた。当時、すでにユニクロは業績好調で全国に展開していたにもかかわらずだ。彼だけでなく、山口県、広島県、岡山県など中国地方出身者は同じように思っていたらしい。ところが、ユニクロが原宿店を出した瞬間にその評価は変わった。「地元の安い店」が「東京の原宿でも行列になる店」となり、初めてユニクロを誇れるようになったのだ。
人は地元のものを評価しない。他所で評価されているのを見て、初めて価値に気づく。そして、他所での評判が高まると、地元のものとして誇り、自慢するようになる。
地元の人が悪いわけではない。それが有名になり評価される過程なのだろう。店でも商品でも、会社でもロックバンドでもお笑い芸人でも、同じように他所から評価されて、地元の人が価値に気づき、やがて自慢するようになるのだ。
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