【2年連続MLB開幕投手へ】高校時代の恩師が語る、山本由伸がここまで大成した「シンプルな理由」

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試合はもつれ、都城は9対10と逆転負けを喫する。試合後、森松は山本を厳しく叱責した。

「お前の所作がチームに与える影響を考えろ。もし、お前が何とか工夫して投げてくれていれば、仲間たちももっと勇気を持って野球ができたんじゃないか?」

この試合以降、山本の練習に取り組む姿勢に変化が見えた。今までは自分本位に映るところもあったが、周りへの気遣いを見せるようになった。自分が出ていない試合でも、チームメイトのグラブを運ぶ山本の姿に、森松は「成長しているな」と目を細めた。

山本由伸が大成したシンプルな理由

翌年5月にはサンマリンスタジアム宮崎で、神奈川の名門・東海大相模との招待試合が組まれた。試合前から大粒の雨が降り注ぎ、試合開催は絶望的だった。ところが、東海大相模の監督を務める門馬敬治(現創志学園)が、森松に声をかけた。

「監督、やろうよ!」

甲子園でも悪天候のなか、試合が強行されるケースはある。その予行練習になると門馬は言うのだ。内野ゴロが水たまりに浮かび、外野手がフライを見失うような悪条件で、試合は強行された。

前年秋の経験があったからか、山本は悪条件をものともせずに奮闘した。森松は「エースらしくなってきたな」と頼もしさを覚えたが、一方で衝撃を隠せなかった。東海大相模のエース左腕・小笠原慎之介(現ナショナルズ)は、それ以上の投球を見せたからだ。

「由伸はたまにボールが滑るなか、小笠原くんは普通のグラウンドコンディションで投げているような投球でした。上には上がいるなと思い知りました。由伸には『こういうピッチャーがプロに行くんじゃない?』と伝えました」

その後、森松は山本が高校3年に進級するタイミングで監督を退任。都城を退職し、一時は実家の家業で働いた。現在は延岡学園で野球部長を務めている。

なぜ、山本由伸は大成したのか? 数え切れないほどそう問われてきた。もちろん、理由はさまざまあるだろう。それでも、森松のなかには、1つの答えが浮かんでいる。

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