「東京? 山手線の内側しか知らん」 氷河期世代で就活に苦戦→念願の上京果たした27歳男性の「下積みを支えてくれた街」

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会社から近い江東区の駅は予算オーバーだったので、荒川を渡って江戸川区へ。まず瑞江駅の周辺を歩いて、次に訪れたのが船堀だった。このあたりは都営新宿線が高架上を走っており、私は高架下にある不動産屋に入って条件を伝えた。

駅の周辺は高層マンションがそびえていていかにも郊外の住宅街という印象だったが、案内されるままに進んでいくと雰囲気が変わってきた。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に出てきそうな風景だ。これが下町というやつか。年季を感じさせる街並みだが私にとっては新鮮で、好奇心が刺激された。

路地裏
両側とも2階建てなのだが圧迫感がある(画像:筆者撮影)

路地裏に建つアパートの一室は、意外に広々としていた。6畳1間ではあるが、4畳くらいのロフトがある。過去の1人暮らしの経験から雑多な物がどんどん増えていくのはわかっていたので、収納スペースが平面的に広いのは実に魅力的だった。

「ここにします」

家賃は月6万円で、翌月から通うことになる会社へも40分ほどで行ける。これ以上物件を探す理由はなかった。

下町情緒が漂う、便利で居心地のいい街

こうして住み始めた船堀は、想像以上に下町の雰囲気が濃厚だった。仕事帰りに歩いていると、立ちションをしている男もしばしば見かけた。見たいものではないけれども、この街のおおらかさを示しているようで、印象としては悪くなかった。

徒歩圏内に温泉銭湯が3軒あったのも、下町情緒を強く感じる要因だっただろう。アパートのすぐ近くにある「あけぼの湯」には特によく行っていた。ここには小規模ながら露天風呂があり、高い壁には「防犯カメラ撮影中」というステッカーが貼られていた。もし事実だとしたら大問題だが、真相は不明である。

そのほか暮らしに必要な店は一通り揃っていて、日常生活は非常に便利だった。特にありがたかったのが、スーパーが4店舗あったことだ。そのうち1つは0時まで営業していたので、閉店間際に駆け込んで見切り品を買うことがしばしばあった。唯一の不満は牛丼チェーンがなかったことで、帰ってくるのが0時を過ぎた場合はオリジン弁当をよく利用していた。

駅の向こうにあるTSUTAYAもしばしば訪れた。ただし、日常生活の動線から外れるので、仕事が忙しくなると足が向かない。延滞料はかなり払ったはずである。ちなみに、当時から書店としても営業していたが、神保町の三省堂が会社から近かったので、ここで本を買った記憶はほとんどない。

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