「よその子と比べてしまう」親がまず見直したいのは子どもではなく自分《令和の子育てに再び響く児童精神科医の教え》

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さて、スイミングスクールで、保育園のお友だちとわが子を比較してしまうというご相談ですね。この方は、幼いころから自分と他人を比較して自分を責めるくせがあり、その気持ちがわが子にも向かってしまうことを自覚していらっしゃる。

「比較してしまう」というのは劣等感の裏返しです。比較して「人より優れている」と自信をもつこともあるかもしれませんが、それは非常に薄っぺらな自信であって、本当の自信とはほど遠いものです。

本当の自信とは、「自分は自分であるだけで価値があるのだ」と、自分の存在を肯定できる気持ちです。何ができる、できない、ではないのです。 

子どもはみな努力している

わたしは、このお母さん自身が、親に比較されて育ったのではないかと感じます。「自分はどんな自分でもいいのだ」という自己肯定感を、十分に育てられないままお母さんになってしまわれたのではないでしょうか。

息子さんへの態度を変えたいのであれば、「一生懸命にやればそれでいい、結果は問わない」と決め、実際にそのようにふるまうことをしなくてはいけません。

心の中は喜んだり、悲しんだりしていても、顔にも口にも出さないでください。子どもが「うちの親って、本当に気にしないんだ」と、とことん信じ込むように。

わたしもそうしていました。息子たちが学校でもらう通知表には、意識的に興味を示しませんでした。よくても悪くても、「そうか、がんばったね」とハンコを押しておしまいです。しからないのは当然ですが、さほどほめもしません。成績のよさや悪さに親が一喜一憂する姿を子どもに見せないと決めていたからです。

子どもはみな、努力しているのです。最善を尽くそうとしているのです。その結果なのですから、よくても絶賛する必要はないし、悪くてもしかる必要はありません。そして親が絶賛しようとしまいと、子ども自身の喜びや誇らしさに変わりはありません。

もしもお子さんがスポーツ選手として生きていく道を選ぶのでしたら、話は違ってくるでしょう。他者と比較することも必要になるかもしれません。でもそうでないなら、本人が「ぼくは一生懸命やった」と思えれば、それでいいのではありませんか?

「スイミングスクールは、泳げるようになるために行くところ。泳げるようになるのが早くても遅くても、そんなの関係ないんだよ」と、そんなふうに話してあげてください。

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