イラン最高指導者ハメネイ師が死亡、30年余り権力掌握し西側と対峙
1989年6月のホメイニ師死去時、ハメネイ師は次期最高指導者の明白な候補ではなかった。当時の憲法が求めていたアヤトラとしての学識資格を満たしておらず、改正が必要だった。
伝統的概念のジハードを再定義
ワシントン近東政策研究所のメフディ・ハラジ上級研究員は、ハメネイ師について「伝統的イスラム概念であるジハードを変革し、イスラム主義体制のイデオロギーの中心課題として確立しようとした」と記している。その結果、ジハードは西側、とりわけ米国に体現される悪に対する、信仰に基づく闘争だと位置付けられた。
ジハードを強調したのはハメネイ師だけではないが、ジハードを「イスラム共和国のイデオロギー体系全体の基礎であり、イラン体制の国策運営の唯一の根拠」と位置づけた点に独自性がある、とハラジ氏は指摘する。
1989年にホメイニ師の後を継いで最高指導者に就任して以降、ハメネイ師は強硬な宗教機関や軍の利益を守り続けた。国民の多くが改革や西側との関係改善を望む世論とはしばしば相反した。2022年に大規模な抗議運動が起きた際には、治安部隊の動員や司法による処刑といった強硬な弾圧で応じた。
昨年12月28日に激化した反政府デモに対しては、より残忍な姿勢を強めた。人権団体は死者数の確認を続けているが、7000人を超えたとされる。この流血の週末に、イラン当局はインターネット接続を遮断し、国外へのアクセスを制限した。
ハメネイ師の影響力は国境を越えた。
イランで主流派であるシーア派イスラム教徒の「世界的指導者」を自任し、イランの主力軍事組織であり対外影響力行使の担い手でもあるイスラム革命防衛隊(IRGC)の拡大を監督した。IRGCは陸・空・海軍部門や私服民兵を擁し、経済の最大40%に及ぶとされる企業帝国を築くことを認められた。その見返りとして、指揮官らはハメネイ師に揺るぎない忠誠を誓った。
イランは中東各地に強力な同盟ネットワークを築き、イスラエルや他の米同盟国に対する抑止の輪として機能させた。イラク、シリア、レバノン、イエメン、そしてパレスチナ自治区ガザ地区で、イランの影響力を拡大した。
ハメネイ師は、イスラム法で禁じられているとしてイランは核兵器を求めていないと主張したが、軍事的側面が疑われる複雑な核開発計画を主導した。2015年には核活動を制限する代わりに経済制裁の緩和を受けることで合意したが、第1次トランプ政権が2018年に離脱し、合意は損なわれた。
著者:Golnar Motevalli
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