空前の「ブーニン現象」、ショパンコンクール優勝後の熱狂を本人はどう受け止めていたのか/スタニスラフ・ブーニン氏インタビュー(後編)

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――ブーニンさんが優勝した1985年のショパンコンクール後、日本では「ブーニンフィーバー」「ブーニン現象」と称されるほどの盛り上がりとなりました。突如ブームの中心となることには、良い面もそうでない面もあったのではないかと思いますが、大スターとして脚光を浴びた経験を、ご自身はどう捉えていますか。

日本でのブームの核心にあったのは、私ではなく「ショパンコンクール1位」だったと思っています。日本ほど、“不健全な”といってもいいほどの形で、ショパンコンクール優勝という事象、そのこと自体に関心が集まる国はありません。

私は、自分の人生は、コンクールで優勝した経験があろうとなかろうと音楽家になっていた人生だと思っています。コンサートに来てくれるお客様と接点を持って、その人たちの前で演奏することが私の人生です。

コンクール優勝による注目の点では、たまたま自分が対象になったけれど、実際に皆が注目しているのは「ショパンコンクール優勝」という現象なのだと。ブームはそこから始まったのだと思っています。

映画『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』(監督:中嶋梓 総合プロデューサー:小堺正記)には、2025年12月にサントリーホールで行われた演奏や、ショパンコンクール時の演奏が収録されている(撮影:今井康一)

誰かにとっての「きっかけ」になることができた

ただ私の場合は、私自身がブームになったことで、日本の多くの方々にとってクラシック音楽を聴くきっかけが生まれました。

それまでクラシック音楽を聴いたことのなかった人たちがコンサートに来てくれるようになった。クラシック音楽に関心を持って、それについて考えたり、あるいは自分で学んだりするようになった。そして私だけでなく、ほかのアーティストの演奏も聴くようになった。ブームをきっかけに、いろいろな広がりがもたらされたということはありますね。

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