天才ピアニストが語る、ショパンの「革命」とソ連の「大義名分」。"ブルジョワ的"が許された訳/スタニスラフ・ブーニン氏インタビュー(前編)
スタニスラフ・ブーニン(Stanislav Bunin)/1966年モスクワ生まれ。ピアニスト。リヒテルやギレリスら巨匠を育てた名教育者G.ネイガウスを祖父とするピアニスト一家で育つ。1983年ロン=ティボー国際コンクールに17歳で優勝。1985年第11回ショパン国際ピアノコンクールに19歳で優勝。世界各国で演奏活動を行う。阪神淡路大震災、東日本大震災など被災した地域でチャリティーコンサートを通じた支援活動にも取り組む。2013年から闘病のため演奏活動を一旦停止。2022年6月八ヶ岳高原音楽堂でのリサイタルで復帰。現在に至る(撮影:今井康一)
1985年、19歳で「ショパン国際ピアノコンクール」優勝。モスクワ生まれのピアニスト、スタニスラフ・ブーニンは、コンクール後の日本で、クラシック音楽家として例のない熱狂を生んだ。「ブーニンフィーバー」「ブーニン現象」とも言われた大ブームだ。
冷戦下のソ連で音楽活動に不自由を強いられ、1988年には西ドイツへ亡命。しかし世界各国で演奏を続けるブーニンを、試練が襲う。2013年、左手の麻痺による活動中断、追い討ちをかけるような左足首の骨折。ピアノ演奏において重要な役割を果たす足首を切断せず温存するために難手術を受け、過酷なリハビリに臨んだ。
多くの困難を乗り越え、再び舞台に立つようになったブーニンが、いま再び注目されている。2022年、復帰の過程を追うドキュメンタリー番組が制作された。2025年12月、サントリーホールでリサイタルを開くにあたり書籍『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』が出版された。さらに2026年2月、リサイタル映像を収録した映画が公開された(書籍と同タイトルの『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』)。
今も新たな挑戦を続ける不屈のピアニストに話を聞いた(通訳:蔵原順子)。
多くの困難に打ち勝ってきた
『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』(小堺正記+NHK取材班 著、書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
――ショパンコンクール当時、そして2025年のリサイタル。映画には、ブーニンさんの現在と過去のさまざまな演奏が収録されています。コンサートを聴きながら、その演奏者本人から語りかけられているような感覚にもなりました。
見た人は驚いてしまうかもしれません。とても悲劇的な映画でもあるので。私の目から見ると、そういう側面がある映画です。
――映画では、多くの難題が降りかかる中で「自分は勝ってきた」という話をされています。
不思議なことに、そうですね。
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