ジャカルタで20年「東急の中古電車」輸出の舞台裏 全盛期はまるで「インドネシア版田園都市線」だった
――車両の輸出が終わった後も、消耗部品のサプライなどでインドネシア側と関係は続いていたと思います。部品供給などはどのように行っていましたか。
門田:最初は車両と一緒に詰め込んで送っていたが、その後インドネシアが中古の電子部品は輸入禁止と厳格に対応するようになり、輸出できない状態になった。ただ、(205系を輸出した)JR東日本のほうでもJRTM(JR東日本テクノロジー)などを経由して定期検査の部品を入れるような仕組みができていたので、8000系・8500系も定期検査用の新品の部品に限っては輸出できることになった。それでも大変で、2年ぐらいかかった。
――定期検査用の新品の部品を2019年に輸出されていますね。
門田:インドネシア側からJR(205系)の部品はあるが東急の部品がなくて、何とかならないかという話をいただいた。JR東日本から現地(の鉄道)に出向されている方とも交流ができるようになり、J-TRECや東急テクノシステムとも連携しながらなんとか部品を出すことができた。東急建設の現地の駐在所に入札の情報を仕入れてもらっていた。
現地職員を受け入れて研修も
――事前にインドネシアに人を送って、電車区の中などで必要部品を調査されていましたね。
門田:それは東急建設とJ-TRECのほうでやっていただいた。
太田:東急車両から(JR東日本傘下の)J-TRECになっても、引き続き協力的な姿勢は変わらずやっていただいた。
――ただ、2019年を最後に8000系・8500系の部品供給は終わってしまいましたね。
門田:結局、定期検査用の部品だけではずっとメンテナンスはできない。電子部品をけっこう多く使っているので、部品がないものもある。それでどうしたかというと、一部の車両をつぶして、要は予備品とするような形を続けてこられたという感じだ。
ちょうどコロナ禍に入ったころは8500系をどんどん廃車にしていた時期だったので、インドネシア側では喉から手が出るぐらい欲しかったと思う。しかし、送るにも送れないという状況だった。




















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